カマルグで日本酒を

2人のフランス人が思い切った賭けに打って出た。フランス南部のカマルグで日本酒を造る――あり得ないような話だが、熱意をもって取り組む彼らは真剣だ。

希望

「カマルグ産の日本酒?出資者を探しているのなら、私の連絡先は伝えないでくださいよ」。フェルナンデス兄弟の計画を耳にした若きフランス人起業家はばっさりと切り捨てた。だがこの若者2人は日本酒の未来を大きく変える可能性を秘めている。成功すれば、酒造産業にかつてない変革がもたらされるかもしれない。

日本のシンボルとも言えるこのアルコール飲料の世界進出は確かに失敗だった。一部の地域メディアのお膳立てによる「ブーム」は何度かあったが、日本国内の日本酒消費量は激減し、外国では(せいぜい)異国情緒ある飲み物と捉えられているに過ぎない。日本人は世界一高級なウィスキーを作るというのに、自国の酒はないがしろにしている。日本酒を高級品カテゴリーとして確立させようという試みも見られない。時計といえばロレックス、車といえばフェラーリ。しかし日本酒には高級品セクターとしての看板ブランドが存在しないのである。

そこに登場したのがフェルナンデス兄弟だ。腕も確かな愛好家として自らビールの醸造を行っていた彼らは、日本旅行を通じて日本酒に興味を持つようになった。「驚きの連続でした。間近で見ると、日本酒の製造はビールと似ていることがわかります。日本酒はいわば白ワインのテクスチャーを持つ米のビールのようなものですね」と、クリストフ・ フェルナンデス氏は大胆な解釈を披露する。ブドウ畑を購入するというありがちな夢を実現する代わりに、2人の兄弟は5年かけて地元カマルグ産の日本酒を造ろうと決意した。それから4年…… 5月末には最初の種籾を播き10月に収穫、そして来春の醸造を予定しているとのことだ。

製品へのこだわり 

カマルグの日本酒――グローバリゼーションのグロテスクな産物がまたしても誕生するのだろうか?フェルナンデス兄弟の大いなる冒険は、例えばカリフォルニアロールやカマンベールのピザなどを節操もなく生み出した「グロービッシュな」 創作グルメとは真逆を行く試みだ。型破りな2人だが、彼らは日本酒のなんたるかを十全に理解している。酒について語り始めたら止まらなくなる2人の誠実な姿勢には一点の曇りもない。彼らにとってはありふれた米で酒を造ることや、日本で育った酒米(酒造好適米)をフランスに持ち込んで醸造するなどもってのほかなのだ。彼等は、カマルグに適したイネの品種を求めて何年も研究を重ねた。「長野産の美山錦をカマルグに植える予定です。吟風(北海道)もかなり良さそうですね。こちらは丈が短くて軽く、寒さや病害に強い上、90日間という短期間での栽培が可能です」。福岡に近い小松酒造からの電話で、クリストフ・フェルナンデス氏はとめどなく語り続けた。

行政との戦い

フェルナンデス兄弟には各県との数々の交渉が待ち受けていた。さらに日本で選定した種籾の認可機関による試験、これに続く欧州連合衛生関連当局への種籾の提出……「情熱がなければ途中で放り出していたでしょう。しかしこの業界で働き始めてから面識を得た方々は、例外なく熱意溢れる人ばかりでした」とクリストフ氏は力説した。その言葉通り、フェルナンデス兄弟の辿って来た道には錚々たる面々が名を連ねている。まずは彼らのために米を作るベルナール・プジョル氏。水田に放たれた合鴨が足で泥水をかき回しながら害虫を食べて駆除するという日本の伝統的栽培法、合鴨農法の信奉者である。そして「酵母王」の異名をとる加藤教授。こちらはカーネーションの花から酵母を抽出した魔術師だ。精力的な活動を続ける国際日本酒普及連盟代表理事の 宮田久司氏(34)は、兄弟のフランスへの旅に身を投じた。普段は英語教師のゴードン・エディ氏、実は日本酒の醸造に並々ならぬ情熱を傾けている。ニースにレストラン3店舗を構える料理人松嶋 啓介氏は、兄弟の酒を供する居酒屋をカマルグにオープンさせようと計画中。若き日本人レベイエ 麻里子氏は、新潟の酒造で2年間修業を積んだ後、間もなく自身の酒を醸造した。そして勉強熱心なセバスチアン・ルモワンヌ氏。日本酒のことを最もよく知る人物の1人だ。

フェルナンデス兄弟はフランスで日本酒を普及させることの難しさを指摘しつつも、乗り越えられない壁はないと考えているようだ。「現在日本酒の輸入量は年間約12万リットルですが、これはワイン消費量のわずか1%に過ぎません。フランスでは日本酒の売り方やPR方法、さらにはアドバイスの仕方などにも問題がありますし、一部の専門店でしか買うことができません。食品店や チョコレート・菓子製造業者などを取り込んでいく必要があります。酒を売るための『時機』を整えなければなりません」フェルナンデス兄弟の幸運を祈りたい。

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