東京は彼の庭

東京は彼の庭

ジェローム・シュミットの素晴らしいガイドブックが東京の地図を塗り替える。さあ、東京行きの航空券を買おう。

一味違う

「ガイドブックを捨てよ、町に集まろう!」――寺 山修二の映画を思い起こさせるこのフレーズこ そ、本書のサブタイトルに相応しいのではない だろうか。レ・ザレーヌ出版から発売されて間も ないこの型破りな『Tokyo, le guide idéa(l[仮] パーフェクト東京ガイドブック)』は、巷に溢れる 数多の東京ガイドブックとは全くの別物だ。実の ところ、この世界最大の都市を紹介することは 容易ではない。例えばポール・セローはこの街 をひとつの「機械」に見立てた。東京から帰って 来た人や、その住人にお勧めスポットを尋ねて も、どこか一つの場所に絞るのは難しそうだ。実 は東京という街そのものは無個性なのだが、こ こには人との出会いがある。彼らとの出会いこ そが旅なのだ。パリやニュー・ヨークなど世界の 主な観光地と異なり、東京にはお勧めスポット や観光魅力が少ない。この街は、いわば庭のよ うなもの――住民が手入れをする限り、この街 は生き続ける。 『Tokyo, le guide idéal』は、朝から晩まで縦横 無尽にこの街を巡った著者の漫遊記である。編 集者にして音楽家、翻訳家、ドキュメンタリー映 画制作者、さらにはジャーナリストなど多様な顔 を持つ著者ジェローム・シュミットは、東から西へ (立石~立川)、北から南へ(大宮~横浜)、夜の 繁華街のビル(ドアの向こうにはそれぞれ独自 の世界が隠れている)の下から上、1階から最上 階へとこの街を隅々まで歩き尽くした。そしてそ こから突拍子もない彷徨の経験や、忘れ難い印 象を残す人々との出会い、そして思いもよらぬ 感動の数々を持ち帰ったのである。「何かもやも やとした妄想に憑りつかれているあなた、東京 に行けばそれが見つかります」――彼はこのよ うに述べつつも、いわゆる風俗店については探 求の対象外だと断っている。 

モノローグ

本書はいわばイラストつきのモノローグのような ものだ。とめどなく語られる社会への考察から美 しさへの驚き、見逃せないスポット、さらにはある 夜の出会いのエピソードなどを読み進めていくう ちに、まるで長旅から帰った友達の土産話に耳を傾 けているような気分になってくる。多磨全生園の散 歩について語るくだりを例に挙げよう。東京の北西 部にあるこの旧ハンセン病院は、宮崎駿の代表作『 もののけ姫』の誕生にも大きな影響を及ぼした。著 者はこう語っている。「独特の厳かさに満ちたこの 場所をそぞろ歩けば、神社や寺、教会などに出くわ すだろう。そして隔離された患者たちがその昔機織 りなどの手作業を行っていたという古い木造の空 き家。(……)多磨全生園を出てまっすぐ5分、病院 を過ぎたら左折する。子供たちの釣り場にぴったり のせせらぎに出たら右折し、川に沿って15分。美し い果樹園の真ん中を進むと、簡素な木製テーブル の上には住民による果物の無人販売が。値段分の 硬貨を置いて地元の果物を味わおう」東京に行っ たことのある人ならば、誰もがこのような偶然の 導きに憶えがあるのでは?

自由気ままに

ジェローム・シュミットは70回に及ぶ東京訪問を重 ね、その後執筆のためこの街に1年以上滞在した。 『Tokyo, le guide idéal』は彼の私記のようなもの だ。約1 kgとずっしり重い本書の中には、その重さ に見合った学識と好奇心が詰まっている。5000件 に及ぶお薦めスポット情報、700枚の写真、そして 地図製図者の手による本格的な地図が盛り込まれ た本書。「100%自由気ままに動く」新しいタイプの旅 行者向けに、街中のスーパーマーケットから高級カ クテルバーまでを広く紹介する。長期滞在から短い 旅行まで、それが一人旅であるか、家族旅行や友達 との旅行であるかを問わず、この本は読み手を選ば ない。本書の構想は、カウンターの上を鉄道模型が 走るバー銀座パノラマを訪ねた時にひらめいたの だとか。全てが休みなく流れゆく、まるでウロボロス のように終わりのないこの街をこれほど端的に表 現するものが他にあるだろうか? だが東京の魅力はこのガイドが一冊残らず売り切 れる前に失われてしまうかもしれない。不幸なこ とに、デベロッパーはこの街を巨大なショッピング モールへと変貌させようとしている。しかし、だか らこそ今から20年間はこのガイドブック片手にこ の街を歩き回る意味があるのだ。本書には日本人 も知らない日本の魅力が詰まっている。このガイド ブックは、いずれ東京という舞台の登場人物の使用 言語、つまり日本語に翻訳されることになるだろう。 そしてもてなす側の主人たちも、やがて訪問者の辿 った道をそのままなぞることになる。RA 『Tokyo, le Guide idéa(l[仮]パーフェクト東 京ガイドブック)』、ジェローム・シュミット、レ・ザ レーヌ出版

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