クロサワ、フォーエバー!

Kurosawa, toujours !

日本の巨匠を称える好著

健忘症? ジャン・コクトーは、映画と書物とは正反対だ、と語った。映画は、まず何十万人という視聴者によって観られるが、のちにその価値を発見するのはごく一握りの人たちに過ぎない。一方、書物は、最初、限られた人の間だけで読まれるが、その後、あらゆる言語で、何千という読者を獲得する。今日、黒澤明がどちらかと言えば忘れ去られた存在であるのを見ると、このコクトーのこの言葉を思い起こす。だが、何よりも驚かされるのは、日本人自身が一番忘れっぽいように見えることだ。海外では、黒澤は長年にわたり、いたるところで称えられてきた。ヴェネツィアでは1951年に金獅子賞を獲得し、以後、日本を含め、その名が世界的に認められるようになったし、ハリウッドでは、1990年、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスが、黒澤の全業績に対してオスカー賞を贈った。だが日本では、黒澤は通りいっぺんの敬意を受けているにすぎない。BBCの行った、映画史における英語圏以外の映画ベスト100についてのアンケートでは、黒澤の映画に高評価を与えていない回答は、日本人によるものだけだった。逆に、中国人による21回答中16は、「七人の侍」の監督を挙げているのだ!

 

クロサワを救った一人の外国人

もはや見過ごせない状況となった今、財務アナリスト、小説家、そして映画愛好家でもあるピーター・タスカーが黒澤について著した『クロサワについて:巨匠へのトリビュート』(写々者社刊)は、まさに読まれるべき本である。著者は、黒澤映画との出会いがきっかけとなり、1970年代末、日本へ赴いたのだった。

この本の構成は一風変わっており、黒澤の主な作品を、批評を交えて追っていくのではなく、例えば、それぞれの作品の別な結末、もしくは、クレジットが流れたあとの、登場人物の行く末を想像してみる、という方法を取っている。

また、黒澤明の作品の基底にある、その困難の多かった私生活をも取り上げており、なかでも、無声映画の弁士であった兄の自殺について触れている。黒澤自身も、70年代半ばには、商業的な面でも評価の面でも決定的な失敗を繰り返し経験し、自ら命を絶とうとするのだ。

ピーター・タスカーは、「表面に出ていないものまで重要である」とでもいうような、ヴィスコンティさながらの完璧主義者の肖像を素描してみせる。「黒澤は、最後期の作品の一つを撮る際に、家を一軒まるごと建てさせたばかりか、春のうちに花や植物を植えておき、8月の撮影時に合わせてそれが開花するようにした。また、撮影に使う家具の、閉じた引出しの中には、カメラに映らないにもかかわらず、小物を入れておいた。こうすることで、真実味が出ると考えたのである」ピーター・タスカーはこう楽しげに綴る。黒澤を 真の意味で評価することのなかった日本は、黒澤の世界的な人気の「空白の中心地」であるが、タスカーは、彼の世界的な人気の秘密の一端をも明らかにする。それは、黒澤の作品の登場人物たちが、発展を遂げつつある国々の苦悩をそのままに生きているからである。いかなる不測の事態をも好まない、この潔癖主義の日本から遠く離れたところで、登場人物たちは、後戻りする希望もなしに、自身の運命のコインの表裏を演じている。「天国と地獄」(1963年)に出てくる製靴会社の重役、権藤(ごんどう)にふさわしいのは、例えば、アシックスの日本人支店長ではなく、むしろ中国の若きウイグル人企業家なのである。

 

『クロサワについて:巨匠へのトリビュート』、ピーター・タスカー著、写々者社。

 

 

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