放鳥までの40年

Riz bio: suivez les cigognes

コウノトリのための自然な環境の田んぼ整備が豊岡市の農産物の価値を高める

豊岡

それは40年かかったコウノトリの舞だ。兵庫県豊岡市は近 代化に屈しなかった。何世紀もの間、豊岡市の湿地に生息し ていた日本のコウノトリは、明治時代の初期から姿を消して いった。狩猟の広まりや、(コウノトリが巣をつくる)松の木の 伐採、田んぼ数の減少、農薬の大量使用などによりコウノト リが生息地から追いやられたのだ。1971年、コウノトリは日 本の空から完全にいなくなった。

1941年、豊岡市の農家に生まれた松島興治郎氏は、学校のコ ウノトリに関する授業で憂いを感じ、その状況にだまってはい られなかった。1965年、松島氏はコウノトリ保存会に加わる。 市が取り組みに乗り出した。1985年、旧ソビエトから(!)シベ リアのコウノトリを6羽受贈し、松島興治郎氏のもとで繁殖の ための飼育が行われる。

 

コウノトリを救うための米づくり

豊岡市は、コウノトリが巣を作れるよう田んぼの周りに人工 巣塔の設置を行った。そして特に、コウノトリがオタマジャク シや虫などの餌をとることができるエコシステムを育む農 法に変えていく計画に、一部の米生産者から理解を取りつ けた。環境革命のために示された条件は、農薬の不使用、田 んぼの中干し時期の延期、冬の間も田んぼに水を張る冬期 湛水。米生産者は大変な努力を強いられることになる。しか し苦労が報われた。「2002年8月5日、シベリアから最初の野 生のコウノトリが飛来したのです!」と、市の担当者は話す。 他のコウノトリも続いた。コウノトリは豊岡市を訪れる最も有 名な存在となった。豊岡市に一種のオーラを放ち、それは「コ ウノトリ米」と命名された地域の米栽培にも及んでいる。他 に類を見ない歴史に価値が高まり、競合米よりも2倍の値段 で流通しているのだ。「2003年、コウノトリ米の栽培面積は 0.7ヘクタールでした。今日では400ヘクタールで栽培されて います」と、豊岡市のコウノトリ米流通担当の家元貴司氏は 喜ぶ。生産高は年平均で2,000トンに達した。豊岡市は今や 世界の市場に目を向け、最初はアメリカ、オーストラリア、香 港、シンガポール、ドバイの5か国への輸出を視野に入れてい る。「コウノトリ米」はすでに、ニューヨークの向坂嘉彦氏や山 田ヒサオ氏など有名な日本人シェフにも採用されている。「現 在、新たに160羽のコウノトリが日本の空を舞っています。コ ウノトリが自然の中で生息できるよう農業のやり方を変えた のです。その結果、この有機米は豊岡市のすべての学校給食 にも使われています」と、豊岡市の国際交流員のジャド・ヌネ ズ氏は嬉しそうに語った。RA

 

 

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