クリス、ピエトロ、リッチーたちとチョコレート工場

クリス、ピエトロ、リッチーたちとチョコレート工場

創業20年を経た現在、ピエール・エルメはアトリエを1つ、新店舗を3つ、新ブランドを一つ立ち上げた。しかも、これは始まりに過ぎない。

お楽しみ袋のような・・・


創業20周年を迎えたピエール・エルメにとって、最後に取り組むべき問題として残っていたのが、バースデーケーキだった。世界で最も名を知られたパティシエは、江戸川区平井にぴかぴかの「アトリエ兼工場」を開設し、その創業20週年を祝った。元エレベーター部品工場だったこの工場には、今や砂糖やチョコレート、カラメルの甘い香りが漂う。実験室のように清潔なその工場では、できるだけ多くの製品でその完成度を再現しようと、男女の従業員が全力投球で働いている。ピエール・エルメと、ペーアッシュ パリ ジャポン社長であり創業以来その営業の要であるリシャール・ルデュ、そしてチーフ・テイスト・オフィサーを務めるパティシエのクリストフ・ドラピエの3 人は、誇らしげにそのアトリエを見学させてくれた。3人とも、カヌレやマカロンをまるで自動車部品のように製造できる真新しい機械がいかに優れものであるか、語り出すと止まらない。「これらの機械は、ケーキを作る際に人間にとって面倒な、機械的な作業をすべて解決してくれます。これで私たちはクリエイティブな仕事に集中できるのです。注文に合わせてより精度の高い仕事ができますし、バースデーケーキのような個別注文でも、ずっといろいろなことができるようになるんです」こう語るリシャール・ルデュは実にうれしそうだ。そこにクリストフ・ドラピエが補足する。「1 日当たり25パーセント効率アップできました」。

功労章


アトリエのオープンにあたって、同グループの発祥の地であるホテルニューオータニにおいて、リシャール・ルデュはピエール・エルメから農事功労章シュヴァリエ章を手渡された。「私たちは1996年、販促キャンペーンのためにニューオータニへやってきたわけですが、このキャンペーンは今でも続いているんです」リシャール・ルデュはこう楽しげに話す。「日本でのスタートは、偶然の出会いから生まれたものでした。ですが、日本では、材料や接客など学ぶところが大きかったです」と、ピエール・エルメは認める。20年経った今でもグループは設立当初と同じ構成だが、日本本社、フランス本社とも、立派に自分の足で立っている。すでに日本では300人の従業員と15の販売拠点、フランスでは400人の従業員と16の販売拠点をもつ。だが、彼らにとって、成功にあぐらをかくことなど論外だ。同グループは、似たようなオリジナリティをもった他企業、例えば服飾のタラ ジャーモン、ぬいぐるみのシュタイフなどとの共同ブランディングや、柚子、ワサビといった日本の産品を活かす目的も兼ねた、高級食料品ブランドの立ち上げにも取り組む。このカタカナ書きのブランド「ピエール・エルメ」は、同グループにとっての新たな冒険だ。「ひたすら動き、試行錯誤します。革新的なことをやり、違うやり方を発見し、違った存在であろうとしているんです」リシャール・ルデュはこう力説する。今年は3店舗、来年は2店舗を新たにオープンする予定だ。

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