クリストフ・ガンズのプライベート映写室

『美女と野獣』のクリストフ・ガンズ監督は世界屈指の日本映画通だ。「日本では、ベテランジャーナリストの受けも良く、若い人たちからは『センスがいい』と言われ、またその他多くの人々に楽しんでいただいているようです。例えばイタリアの映画ファンなどは私が引き合いに出すイタリア人監督の名前もよく知らぬまま映画館に集っていますが、それとは違って映画好きな日本人は映画のことを良くご存知ですね。」来日した同監督はこのように語った。FJE読者のためにお気に入りの古典4作を挙げてもらった。

切腹(1962年)

「『切腹』のような映画が西洋人に与える衝撃は計り知れません。今ではもうほとんど忘れ去られた過去の作品ですが、1962年にはカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞しました。ただその後フランス人は黒澤や成瀬、溝口、小津らの作品に注目するようになり、その他の監督には目を留めなくなりました。『切腹』は反封建・反体制映画の代表作です。これは制作者がこれまでの時代劇のパターンを改め、武家の主従関係がその破滅を招いたという見方に傾き始めた頃の代表的作品で、そこに伺えるのは第二次世界大戦の惨禍に国を導いた権威主義の日本に対する批判的な眼差しです。『切腹』の小林正樹監督やその同世代の監督(深作欣二、五社英雄など)は戦争を経験し、その記憶は彼らの中に消すことのできない刻印として残っています。彼らは兵士として戦い、また工員として武器工場で働いていました。こうした映画作品の中に、戦後日本の過酷な様相を読み取ることもできるでしょう。 

ちょうどこの時期を境に、日本人は米国の検閲を気にせずあの敗戦について語れるようになったのでしょうか? そうかもしれません。今日、封建時代の日本は大企業の中に再びその姿を現わしているように思われます。ただ、この封建社会に主君はもう存在しませんが。 

当時の時代劇は、非常にハイレベルな技術を駆使して制作される、娯楽的要素の高いカラフルなB級サムライ映画だった――アメリカ人の言う「eye-candy」(見た目重視)ですね――わけですが、『切腹』の完成度の高さは、モノクロ映画への回帰の動きを呼び起こすほどでした。」


怪談(1964年)

「ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグ、そしてフランシス・フォード・コッポラもお気に入りの作品です。日本では一般大衆受けを一切考慮していない、いささかお高くとまり過ぎた作品とみなされています。これは製作会社を倒産させたいわくつきの映画でもあります。『怪談』の各エピソードは別の映画で取り上げられ、そちらは大いに受けたようです。しかし西洋人が魅力を感じるのは、この作品のように他の何にも似ていない独特な映画なのです。」

人斬り(1969年)

「長い間上映禁止となっていた映画です。というのも、出演者の1人、作家三島由紀夫の家族が上映に反対していたからです。映画の中には三島が切腹するシーンがありますが、彼は1970年に現実に切腹する前、このシーンを何十回となく繰り返し見ていたといいます。 

以前、ロサンゼルスの映画館がこの作品を1度だけ上映する許可を得たことがあります。私は飛行機でその場へ飛び、ついに大型スクリーンでこの作品を見ることができたのですが、これは私の人生における衝撃的な出来事でした。フレーミングやカメラワーク、演技の全てが作用して、緻密に計算され尽したこの途方もない映画が作り上げられたのです。キューブリックがチャンバラ映画を撮ったら、正にこの『人斬り』のような作品が誕生していたでしょう。 

総じて1960年代の日本映画は、西洋映画が到達し得なかったある種のモダニズムから生まれたものだと思います。これまでに何百本という映画を見てきましたが、こうしたモダニズムの香りは今も私を魅了し続けています。これに比べると私たちの映画は、郵便局のカレンダーよろしく昔からずっと変わっていないようにも思えます。日本の映画制作現場は実にかしこまった雰囲気ですが(カメラを回すのにネクタイを締めているのですから!)、その実監督は自分のやりたいように撮影を進めていたわけです。」


仁義なき戦い(1973年)
「深作欣二監督のこの映画は、戦後の広島でのし上がっていく下っ端ヤクザの物語です。ヤクザ映画と言えば、どこかで勢力拡大を狙う大物ヤクザと、これに対するチンピラのリアクションが描かれるのが常で、義理人情が生きていた日本社会への憧憬が伺えるものが多いのです。しかし主役を演じた菅原文太は、自分には関心のない地位と後継争いの中で命を狙われる、残忍で獣のような人間を見事に演じきりました。この種の映画は封建的社会への反抗と言うよりは、それを壊そうとする個人の無力を描いているように思われます。」

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