アベノミクスの作者が明かす政策の裏話

安倍晋三総理大臣は膨大な公共投資を山盛りにした経済政策を発動し、列島に電気ショックを与えた。円相場は下がり、すべて順調だ。今のところは…。


安倍晋三総理大臣は膨大な公共投資を山盛りにした経済政策を発動し、列島に電気ショックを与えた。円相場は下がり、すべて順調だ。今のところは…。

安倍のミクス
当世を象徴する、今一番旬な新語、それが「アベノミクス」だ。昨年12月、首相に就任するやいなや、安倍晋三氏は自分のトレードマークとなる政策を発表した。一部の新聞はそれを安倍晋三内閣総理大臣、「大胆な財政出動」で公的需要の急増をはかる麻生太郎副総理、財務大臣、金融担当大臣、そして甘利明経済再生担当大臣、社会保障・税一体改革担当大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)の三人の頭文字を取って、「トリプルA」と命名した。だが、総理当人はこれを景気浮揚のために放つ「三本の矢」と呼ぶ。それは大胆な「金融政策」、機動的な「財政出動」、民間投資を喚起する「成長戦略」から成る。
一本目の矢、「金融政策」はすでに放たれた。矢は日本橋本石町まで飛んで行き、白川方明(まさあき)日銀総裁の胸を貫いた。デフレに対して手をこまねいてきた責めを負わされたのだ。白川氏は任期満了まで3週間を残す3月19日に後任者への引き継ぎもせずに日銀を去った。これが最後の抵抗でなくて一体何なのか?安倍晋三氏は日銀がインフレ目標を1%でなく2%に設定するよう要求し、従わなければ日銀の独立性を奪うと圧力をかけていた。まあ、どのみち結果は同じことなのだが。白川総裁はこれを遂行した。ところが、 あまりに曖昧な表現を使ったため、市場はまったく反応しなかった。その日安倍氏ただ一人が、これを「歴史的瞬間」と評し、悦に入っていた。いずれにせよ次期日銀総裁は総理と完全に思いを一つにして職務を遂行することになろう。

誰に向かって引かれた弓か?
二本目の矢はもっか放物線を描いて空中を飛んでいる最中だ。放たれたのは1月11日、この日安倍総理は十兆円規模の緊急経済対策を発表した。「新政府は弾丸スタートをきって、景気に弾みをつけたかった」と解説するのは、安倍内閣の主要ブレーンの一人で経済財政諮問会議民間議員の伊藤元重氏である。「将来を大いに悲観する世帯と企業は、20年前からこつこつと蓄財に励んできた。家計資産はバブル崩壊によって泡と消えたが、抵当に入っている家のローンはそっくりそのまま残り、返済し続けなければならない。企業はリストラを断行し、パートタイム雇用を増やし、守りの姿勢を貫いてきた。現在、東証一部上場企業の42%は無借金。債務超過から資産超過に転じたわけだ。余剰資産はリスクがないと評判の国債に投資される。貯蓄は将来のための支出(例えば教育費)には使われず、赤字補填の原資と化してしまっていた。この奈落からなんとしても抜け出したかった。今がその時だ!」と喜ぶ伊藤氏。「意地の悪い言い方をすれば、野田前首相は、まことに良い時に身を退かれた。世界経済は今、まさに立ち直ろうとしている」と伊藤氏は言い切り、「この緊急経済対策を補完する公会計連結化戦略を今年の中頃に発表する」とまで約束した(でも補完するというより、相反すると言ったほうがいいのでは?)。なお、この「財政出動」という二本目の矢のやじりには、効き目のおだやかな消費税増税導入剤が塗布してある。最初は5%から8%に、そして2015年には10%に上がる。これはもう昨年末の選挙で大多数の国民の承認を得ているはずである。

自由はつらいよ
三本目の矢は「成長戦略」だ。それは規制緩和、企業優遇税制、貿易の自由化という三つの関門を通過しなければならない。最初に掲げた規制緩和に関しては医療、エネルギー、労働市場が最優先の課題となる。そこで安倍氏は企業が「転ばぬ先の杖」として貯め込んでいる内部留保を吐き出し、長年抑え込んできた賃金を上げるよう要請した。これは彼の目玉政策のひとつである。
貿易の自由化は最大の難問だ。日本は盟友アメリカから7月までに環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)締結に向けた交渉への参加を迫られている。これが実現するとアジア太平洋に広大な自由貿易圏が誕生する。米国側は全ての議題をテーブルの上に広げ、保護主義的な措置(例えば砂糖)を認めてくれるなら譲歩にも応じようという構えだ。一方、地方の票田に完全に頼り切りの日本の現政権は、コメについても、郵政改革についても、一切譲歩は許されない。それでも伊藤元重氏は、小泉純一郎首相が抵抗勢力を跳ね返し郵政改革を成し遂げた例を挙げ、希望をつなげようとする。「小泉氏は選挙民一人一人に面と向かって『貴方は郵政改革に賛成か、反対か』と問いかけた。彼は国民一人一人の関心を呼び覚ましていった。我々もTPPに関しては同じ段階にさしかかっていると感じている。TPPにはもうひとつの側面がある。それは、問題があまりに複雑な様相を呈しているので、これと比べれば他のどの協定も簡単に見えてしまうという、むしろ好都合な点だ。もっかカナダ、EU、オーストラリアと協定を結ぶべく、交渉は順調に進行中」と伊藤氏は語る。
一方、産業政策はまったくの未知数のままだ。「安倍内閣は産業活性化のために『選択と集中』のアプローチに傾いているようだ。この政策は雇用にはマイナス効果があるものの、競争力の強化の点から必要」とクレディスイス証券の白川浩道チーフエコノミストは見る。火の手はすでに上がっている。輸出は過去5年間で約20%も後退した。新設された産業競争力会議が解決策を見出さなければならない。    

悪い報せ
この政策にはすでに凶相が見え始めている。「安倍総理の掲げるこの政策は、円安への誘導という点で、小泉純一郎総理の政策と驚くほど似ている。だが、小泉氏が予算を抑え込んだのに対し、安倍氏はさらに予算を膨らませた点が違う」と三菱UFJグループの佐治信行氏は言う。この政策のプラス効果は2013年の株式市場相場と大手企業の業績に現れるが、時が経てば効能はたちまち薄れ、おそらく三年でマイナスに転じるかもしれない。なぜなら、このプラス効果が呼び水となって、佐治氏の挙げる「物価上昇、金利上昇、円高、輸出後退」という副作用が生じるからだ。公共発注によって喚起された需要も、次第に輸入製品に奪われていくだろう。事実、日本経済に占める輸入製品の割合は着実に増え続けている。加えて、人口の高齢化とともに、家計の消費性向は低下していく。けっきょく、これらの経済対策は公的債務の深い淵をさらに深く掘り下げ、行き過ぎた投資を避けようとする企業の慎重経営に横槍を入れるものである。

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