京とホト、京都グラフィー!
写真の国でついに国際的な祭典の幕が開く。しかも、この出逢いの仕掛人はフランス人女性である。
写真の国でついに国際的な祭典の幕が開く。しかも、この出逢いの仕掛人はフランス人女性である。
春の京、ほっこり、さくら咲き……けど、それだけやおへん。
巨匠細江英公、ニコラ・ブーヴィエ、ファッションフォトグフラファーNAOKIの写真、ケイト・バリーのポートレート、小野規のワーク、はたまた古写真の至宝、クリスチャン・ポラック コレクション等々が4月13日から5月6日まで、京都の最も京都らしい約十景を異空間に変える。「KYOTOGRAPHIE国際写真フェスティバル」と銘打ったこの意欲的な企画の生みの親は写真家ルシール・レイボーズ氏と照明家の仲西佑介氏だ。2011年、東都から京の都へと移り住んだ両氏は、この街に写真フェスティバルを創設しようと一念発起する。イメージしたのはアルル国際写真フェスティバル。でもそこに込めた願いは、日本とフランスとの出逢い、そして友情である。
新星から巨匠まで
「はじめはとても内向きなこの街に自分の居場所がなかなか見つけられなかった」とルシール・レイボーズ氏は本誌に打ち明ける。「祐介と何かを始めたかった。そこで、ごく自然に頭に浮かんだのが写真フェスティバル。当時、日本の誰もが、ちょっと浮かない顔をしていたので、皆が少しでも明るさを取り戻せたらいいかなと。」レイボーズ氏は言葉を次ぐ、「何よりも先に、これはごく普通の日本人のためのフェスティバル。だから、皆が普段行きつけの場所に行くと、いつもと違うものがあってびっくり…といった仕掛けが面白い。あえて画廊や公設の美術館には展示しない。遊び、楽しみといった趣向がとても大切。」
日本と世界の写真家約十人が、町家から一流ホテル、そしてARTZONEのような実験空間に至るまで、美しくて、意外で、多彩な顔を持った場に集い、その作品を披露する。まさに京の街での「見世出し」である。そんなわけで、細江英公は圓徳院・高台寺に、ニコラ・ブーヴィエは有斐斎弘道館に、NAOKIは二条城にそれぞれ展示される。虎屋京都ギャラリーはクリスチャン・ポラックコレクションを、アンスティチュ・フランセ関西は小野規のワークを、ARTZONEはアルル国立高等写真学校の学生をそれぞれ迎え入れる。そして大西清右衛門美術館には、都の茶道の家元に400年前から釜を納めている高名な釜師にして、今日、自らの創造プロセスのなかに写真を取り入れている大西清右衛門。いずれの展示も一人の舞台演出家がセッティングを考案し、複数の職人がそれを実現する。日本文化の都にひしめく二千の史跡にも写真が一点ずつ掲げられる。
フレンチタッチ、京都人
「このフェスティバルを京都の人たちと一緒に立ち上げたかった」とルシール・レイボーズ氏は語る。「京都人自らが参加して、自分の役所を演じることに私たちはこだわった。これには始め難儀した。皆、私たちを火星人のように眺めているだけ。そのうち、何人かが話を聴いてくれるようになり、ついには扉を開けてくれた。京都市長までもがカタログにメッセージを寄せてくれた。私たちは本当に運がよかった。本来ならば何年もかかったって不思議ではないのに。」確かに京都は素晴らしい街だ。でも、伝統の重みが時の流れを止めて、凍り付いたように見えることが度々ある。
運が良かったから?いや、それはちょっと違うだろう。二人の仕掛人は、株式会社ニコンイメージングジャパン、ハッセルブラッド、ハースト婦人画報社、日本写真印刷株式会社、株式会社アマナホールディングス、といった民間パートナーを味方につけることにみごと成功した。そして、何と言ってもメインスポンサーにシャネル株式会社が名乗りを上げたことが、物心両面でこの企画実現の決め手となった。「シャネルのリシャール・コラス社長は自他ともに認める熱烈な写真ファン」とルシール・レイボーズ氏は語る。「コラス社長は銀座旗艦店のワンフロアを占めるギャラリー、CHANEL NEXUS HALLの分身がこの地に実現することを熱望した。私はまさかシャネルがこのような、まだ海のものとも、山のものとも分からない話に賛同してくれるとは思っていなかったので、大仰天。こうして今、企画が現実のものとなったのは、ひとえにコラス氏のおかげと言っても過言ではない。フランス企業は二つ返事で引き受けてくれた。日本企業は、やはり最初は慎重だった。この企画には、まさにフレンチタッチがあふれている。」
写真界にとって、この展示会は原点への回帰である。写真術は19世紀末、日本を通じてアジアに普及した。日本人アーティストは百年前から絶えずこのメディアをめぐり対話をくりかえし、世界中のミュージアム、ギャラリー、光学/電子機器の店に日参してきた。まだ、そのことに気付いていないのは、ほかならぬ日本人だけだ。日本には本格的な芸術写真の市場はないが、東松照明や畠山直哉の作品のプリントは今や世界中のコレクターの垂涎の的となっている。現代写真のビッグネーム、荒木経惟、倉田精二、森山大道、奈良原一高らもまだ存命で活躍中だ。彼らが国内で認知される日がいつかきっと来るに違いない。しかも、ルシール・レイボーズ氏のように、日本人がすっかり忘れているこの国の宝に気付くきっかけを演出してくれる、頼もしく、かつ志高い人々もいる。今後、このフェスティバルが恒例の年中行事として京都に根付くことを願う彼女は、まずは国際的な知名度を上げようと、フィレンツェ、パリ、ケルン、そして京都と姉妹都市提携を結んでいる全ての都市に協力を呼びかけ、すでに了解を取り付け済みである。