王座は譲らない
王座は譲らない
日本人に最も愛されるスポーツの座を今も守り続けている野球。日本野球を誰よりもよく知る外国人、ロバート・ホワイティング氏が150年に及ぶその歴史を振り返る。
日本における根強い野球人気の理由は?
野球が日本に上陸したのは1872年頃、明治維新による開国が2世紀にわたる鎖国に終止符を打った時のことでした。当時の政府は西洋から多数の教師を招聘しましたが、彼らが日本人に野球の基礎を教えたのです。意外にも、野球は日本で初めて実践された団体競技でした。それまではスポーツといえば専ら個人競技(多くが武道)だったのです。文部省は、野球が愛国心や団体精神を育むための格好の手段であると考えました。1896年には、旧制一高(国のエリートを養成する帝国大学の予科学校)ベースボール部が横浜外人クラブと対戦し、29対4で大勝しています。彼らはその後も数多くの試合に勝利し、ある新聞がこれをニュースとして報じました。日本のメディアがスポーツ記事を載せたのはこれが初めてのことです。米国のお家芸たる野球で日本が勝てるのなら、他の分野でも同じように勝てるのではないか――勝利を受けて、日本人の間では俄かにこうした考えが芽生えてきたのです。
日本人と米国人では野球に対する考え方に違いがあるのでしょうか?
初期の野球選手は武家の出で、我慢の限界までの肉体トレーニングや極めて厳格な規律など、武士階級独自の作法に基づき練習を積んでいました。実際サッカーやラグビーなどもそうですが、日本の団体競技に武道の心得はつきもの。外国チームに勝てば、日本独自の鍛え方に優越性が認められたことになるわけです。
米国の野球は基本的に娯楽の一種で、選手たちは4月の開幕から9~10月のプレーオフまで続くシーズンの開始前(2月半ば頃まで)はトレーニングをしませんし、日中3時間ほど練習した後はゴルフや水泳を楽しみ、また家族と過ごす時間もしっかり確保します。これに対し日本の野球は軍隊のキャンプさながらの厳しいものです。1月から早々にトレーニングを開始し、朝の7時から夕暮れまでグラウンドを駆けずり回り、しかもその後は屋内フィットネスのおまけつき。家族・親族の立ち入りも認められておらず、まるで兵舎での訓練のような雰囲気です。
貴著では日本におけるいじめの常態化に言及されています。
私も野球をやっていた頃に、学校で殴られたことがあり、体罰には断固反対です。ただ、日本におけるスポーツの発展に武道が果たした役割については認めないわけにいきません。ここでは、体罰はある意味生得的な観念といえます。ただし、殴られた子供が死に至るなど、日本では行き過ぎた面もみられます。学校が資格を持たない指導者をコーチに迎え、彼らが自身の無能を体罰でカバーしようとするなどの問題もあります。
野球人気は健在ですか?
最もポピュラーなスポーツであることに変わりはありませんが、若い世代での人気には陰りがみえます。ビデオゲームが暇つぶしの主役となった世代にとって、野球の試合展開はスロー過ぎるようですね。20年前、シーズン中は19時から21時の所謂ゴールデンタイムにテレビをつければ毎晩のように野球中継を放映していたものですが、最近では一部の試合しか放映されませんし、視聴率も伸びていません。現在の野球ファンは50歳以上の男性が中心です。ただし、スタジアムの集客力は今も健在で、例えば神戸の阪神タイガース応援団などは非常に活気があります。球場での野球観戦は、家族や友人と過ごす楽しいひと時として定着しているようですね。
日本の球団は米国の球団と比べると資金力でかなり差をつけられているようですが……
26名のレギュラーと支配下登録選手200名を擁するアメリカの球団は、もはや企業と言ってよいでしょう。大リーグは極めて収益性の高い安定したビジネスモデルを確立しており、2015年の総収益は95億ドルにも上ります。この収益(リザーブシート、試合の放映権など)はリーグ傘下の各球団に分配されてチームのために使用されますが、一方日本の球団の懐事情はこれと全く異なります。チームはいわばスポンサー企業の広告塔でしかありません。これらの企業は、夜のニュースなどで自社の名を冠した球団名が連呼されれば、同じ時間帯のCM枠を買い取るよりも得だと判断しているわけです。彼らにとって球団の所有イコール広告宣伝費であって、収入源ではないのです。事実、黒字経営できているクラブは読売ジャイアンツと阪神タイガースのみで、前者についてはその収益が読売新聞名古屋社の赤字補填に回されています。
日米間のもうひとつの違いは、米国の球団が球場を無償で建設・貸与することを受入自治体に要求し、これにより日本の球団よりもコストを大幅に抑えているという点です。要求が認められなければ他の自治体に移ることも辞さない構えです。日本では、自治体が所有する球場の極めて高額な使用料を球団が負担しなければなりません。国土に限りのある日本では球団の移転をちらつかせるという切り札にも大した効き目はなく、つまり米国の球団と同レベルの交渉力を持ち得ないわけです。仮に無償で球場を使用できたとしても、有権者の目にはそれが税金の無駄遣いに映るという問題もあります。
ロバート・ホワイティング:著書に 日本野球をテーマとする名作『You gotta have wa (和をもって日本となす)』『The meaning of Ichiro(イチロー革命)』。