インタビュー
ポッドキャストの唯一無二の歩み ー 東京の「レ・セゾン」を率いるティエリー・ヴォワザン

フランスで三つ星レストランの料理長として、安定したキャリアを歩み続けることもできたはずだった。
しかし2005年、ティエリー・ヴォワザンは人生を大きく変える決断を下す。地球の反対側へ渡り、東京・帝国ホテルのフランス料理店「レ・セゾン」の総料理長に就任したのだ。
彼が料理の道に進んだのは15歳のとき。フランス・トゥーレーヌ地方で、夏の研修としてムール貝の下処理やフライドポテト作りに携わったことが始まりだった。その後ホテル学校へ進み、名門レストランで経験を積み重ねていく。
大きな転機となったのは、ランスの名門レストラン「レ・クレイエール」で過ごした16年間だった。そのうち10年間は三つ星レストランの料理長を務める。そこで師となったのがジェラール・ボワイエだ。高い要求水準、揺るぎない信頼、そして絶え間ない支援。まさに理想的なメンターだった。
日本への転機は、思いがけない出来事から始まる。フランスでのキャリアの途上、勤務先のレストランから解雇を告げられたのだ。前職との関係は良好だったものの、突然訪れた転機に、彼は将来の方向性を模索していた。ところが、その解雇面談からわずか2日後、帝国ホテルから連絡が入る。フランス料理レストランのシェフを探していたのだ。辻調理師専門学校やポール・ボキューズとの縁を通じた紹介が橋渡し役となった。
2週間後、ティエリーは東京へ赴き、経営陣のために昼食を振る舞う。そして普段通り、自ら客席へ足を運び、ゲスト一人ひとりに挨拶をした。その行動は当時の日本では珍しく、ホテル会長の心を動かした。わずか3分間の会話で採用が決まったという。
こうして日本は、彼の人生の中心的な存在となった。フランスで25年間料理人として歩んだ後の、東京での20年。彼がまず驚いたのは都市のスピードではなく、人々の穏やかさだった。4,000万人以上が暮らす巨大都市圏でありながら、攻撃的な雰囲気はなく、公共の場ではマナーが尊重され、ゴミ箱が数少ないにもかかわらず街は驚くほど清潔だった。
また、生活リズムの違いにも新鮮な発見があった。ランチは11時30分から、ディナーは17時30分から始まることも珍しくない。来日当初は驚いたが、今ではそこに一つの理想的なバランスを見出している。早めに夕食を終え、20時半頃には自由な時間を楽しめるからだ。
厨房では、慣れ親しんだ仕事でありながらも異なる文化に出会った。レ・セゾンでは欠勤者がほとんど出ない。もし誰かが休むことになれば、休日中のスタッフが代わりに出勤する。その分、休みは後日改めて取得する。目的はただ一つ、お客様に迷惑をかけないことだ。
この強いチーム精神は、彼に深い印象を与えた。彼はチームを単なる「厨房チーム」ではなく、「強い絆で結ばれた仲間」であり「家族」だと表現する。その一員になるには、信頼性と献身性を証明しなければならない。しかし一度受け入れられれば、仲間として守られ、支えられるのだ。
彼自身のマネジメントスタイルもまた、これまでの師たちから受け継いだものである。スタッフを恐怖で従わせるのではなく、チームの一員として迎え入れ、信頼関係を築くことを大切にしている。1970〜80年代に見られた威圧的なシェフ像とは一線を画し、厳しさを持ちながらも人を育てる姿勢を貫いている。日本では「波風を立てない」ために直接的な指摘を避けることも多い。しかし彼はフランス人としての習慣を失わない。問題があれば本人のもとへ行き、説明し、修正する。怒鳴ることはないが、見て見ぬふりもしない。
料理については、あくまでフランス料理の伝統的な基盤に立脚している。食材、火入れ、味付け。この三つの柱は決して揺るがない。一方で、日本は彼に新たな発想を与えた。
彼が「攪乱要素」と呼ぶものだ。料理の本質を損なうことなく、意外性を加える。例えば仔羊に貝類や海藻を合わせたり、チョコレートとプラリネのタルトに鰹節のアイスクリームを添えたりする。目指すのは驚きがありながらも納得感のある組み合わせだ。東京で暮らしていなければ、こうした探求には辿り着かなかっただろうと語る。
もう一つの特徴は、お客様との距離の近さだ。レ・セゾンでは、食事の前後や途中に必ず客席へ足を運び、お客様一人ひとりに挨拶をする。シェフが厨房にとどまることの多い日本では、この直接的な交流が大きな違いを生み出している。常連客はその時間を楽しみにし、初めて訪れた人は驚くことも少なくない。日本にはチップ文化はほとんどないが、その代わりにお土産やワイン、日本酒、シャンパンなどを贈られることが多い。お客様が求めているのは料理だけではなく、人とのつながりでもあるのだ。
20年の歳月を経て、ティエリーは料理と同じくらい人について学んだと語る。
日本は彼の料理の根幹を変えたわけではない。しかし街との向き合い方、顧客との関係、チームワークに対する考え方を大きく広げてくれた。
海外での挑戦を夢見る若い世代へのアドバイスは、一言に尽きる。「挑戦すること」。料理の世界であれ別の職業であれ、新しい環境へ飛び込み、自らを試してみることだ。彼にとって本当に恐れるべきものは失敗ではなく後悔である。「あのとき挑戦していれば」と振り返る人生だけは送りたくないという。彼自身の歩みこそ、その言葉を証明している。解雇という出来事は新たな機会へと姿を変え、東京の名門ホテルは第二の故郷となった。そして20年後、日本のチームは自らを「家族」と呼ぶまでになったのである。
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このポッドキャストはAnnaとの協力により制作されています。