企業トピックス
パリのスタートアップ・エコシステムを牽引するアクセラレーターとは
設立して間もないスタートアップは、資金やリソースが非常に限られていることが一般的であり、様々なステークホルダーからの支援が不可欠です。
アクセラレーターとは
ハーバード・ビジネス・スクールによると、アクセラレーターとは「アーリーステージまたはミドルステージのスタートアップに対して、教育やリソース、メンターシップを提供する短期間の集中プログラム」と説明されています。アーリーステージは既に初期プロダクトを持っている段階であり、ミドルステージは事業が成長に差し掛かった段階であることから、「一気に加速をさせる」という意味の英語であるAccelerateが使われています。
一方で、しばしば同義語として使われるインキュベーターとは、「高いポテンシャルをもとに、スタートアップのアイデアを開発し、磨き上げるために1~5年間にわたり、必要に応じて様々なリソースを提供するプログラム」と説明されています。
それでは、スタートアップの成長を加速させる役割を持つアクセラレーターについて、プロダクトの開発をサポートするプログラムであるインキュベーターと比較しながら、アクセラレーターの特徴をご紹介しましょう。アクセラレーターを理解する上で重要な要素は以下の3点です。
①ベンチャーステージ
上記のアクセラレーターの説明にもある通り、アクセラレーターはアーリーステージまたはミドルステージのスタートアップを対象としているため、基本的にはシード段階を過ぎたスタートアップが対象となります。つまり、アクセラレーターから支援を受けるには、すでにMVP(最小限の実用可能製品)を持っている必要があり、ある程度、製品と市場の適合性に対する信頼を獲得している必要があります。
インキュベーターが主にイノベーションの実現を支援し、新しいアイデアをビジネスに転換するための支援を提供するのに対し、アクセラレーターはすでに存在する製品/サービスの成長を加速させる役割があるということが理解できます。
②構造的なプログラム
また、アクセラレーターはインキュベーターと比較すると、通常構造的なプログラムを持っています。これは、インキュベーターとは異なり、無からイノベーションを生み出すプロセスや、新しい技術を用いたビジネスアイデアを事業に落とし込むプロセスを経る必要がなく、既に構築されたビジネスモデルを拡大するために必要なリソースが明確であるためです。
アクセラレーターは直近数年間に貯めた膨大な学びや成長をプログラムに組み込み、様々な人的ネットワークを活用することで、スタートアップを支援しています。
③タイムライン
インキュベーターはアイデアを創り出し、さらにそれをビジネスモデルに落とし込む支援を行うことから比較的長い期間を要する一方で、アクセラレーターは通常数か月のブートキャンプスタイルのプログラムが組まれます。これは、アクセラレーターの目的がビジネス拡大を支援することであり、すでにMVPを持っていることから集中的に支援を行うことで成長速度を加速させることができるからです。
国ごとのアクセラレーターの違い
事業成長を加速するアクセラレーターは、国や地域によってその性質や機能が異なることが一般的です。これは、各国が異なる産業や文化、法体系に基づいて独自のスタートアップ・エコシステムを発展させてきたためです。
例えば、米国のシリコンバレーでは、テクノロジー分野を中心にしたスタートアップが多く、その影響力の大きさから、アクセラレータープログラムも高度な技術やイノベーションを重視する傾向があります。
一方、日本のスタートアップ・エコシステムでは、伝統的な産業と新興技術の融合が進んでいるため、伝統的な製造業やサービス業との連携や、海外展開の支援など、異なる視点からのサポートが重視されています。
さらに、欧州の一部の国々では、社会的な影響力や環境への配慮が重要視される傾向があり、社会的企業や環境技術に特化した支援を提供する場合もあります。
また、各地域のリスクに対する考え方の違いやエコシステムの性格もアクセラレータープログラムに大きく影響を与えています。
例えば、MIKEL MANGOLの記事によると、起業に対するポジティブな印象がドイツでは17%に対して、アメリカでは39%となっており、アメリカのリスクテイカーの文化を裏付けしています。
別のリサーチでは、ヨーロッパおよびアメリカにおけるVC fundのソースの違いを調べており、起業家やスタートアップに対するヨーロッパとアメリカのサポートの違いを浮き彫りにしています。
ベンチャーキャピタルによる全調達資金額を100%とした場合、ヨーロッパにおける政府機関は24%の一方、アメリカは10%に留まっています。また、ヨーロッパにおけるCVC(大企業内の投資部門)が17%なのに対して、アメリカは5%とかなり差が開いております。
以上の2つのデータから、比較的リスクを好むアメリカと比較すると、ドイツを始めとするヨーロッパはリスクを避ける傾向があるということがわかります。そういったリスク回避の文化の中でアントレプレナーをたくさん輩出するために、ヨーロッパ各国の政府は、スタートアップ・エコシステムの発展を主導し、政府機関や企業などの様々なステークホルダーからの支援を手厚く用意することで、起業をする個々人の事業リスクを低減させていることが考えられます。
また、投資家においても同様にアメリカとヨーロッパでリスク選好度合いが異なるとするならば、リスクを好むアメリカの投資家は相応のリターンを求めるはずですが、一方で比較的リスク回避であるヨーロッパの投資家はリターンに対して柔軟的であるとすると、アクセラレーターも比較的時間に余裕を持ちながら堅実な事業成長を行えるように慎重な事業検討を支援してくれることが期待されます。
パリのアクセラレーターの特徴
それでは次に、ヨーロッパでも有数のスタートアップの拠点の一つであるパリのスタートアップ・エコシステムに焦点を絞り、パリのアクセラレーターの特徴を三つご紹介します。
一つ目は、起業家としての経験です。ヨーロッパとアメリカを中心に活動をしているPartech VentureのジェネラルパートナーEmmanuel Delaveau氏は、パリのスタートアップについて、「パリで成功した起業家の多くがビジネスエンジェルになり、その経験をアクセラレーターを通して共有している」と語っています。
これは、パリのスタートアップ都市としての成熟度を示しており、持続可能なエコシステムが形成されていることを示唆しています。また、起業家がエンジェル投資家やメンターとして活動することで、パリの起業家が利用できるオポチュニティやリソースが増えることも期待されます。
二つ目は、ローカル産業のテック化が挙げられます。パリは多様な産業が経済を構成しており、観光や料理、ファッションなどの産業も世界的に非常に有名です。
フランス政府は、La French Techなどのイニシアチブを通じて、特にテクノロジーを活用したイノベーションを促進していることから、パリを中心にフードテック、ワインテック、ファッションテックなどの各産業ごとに新しいコミュニティが形成されています。こうした新たなコミュニティの形成に伴って、各産業に特化したアクセラレーターも登場しており、これらのアクセラレーターは、産業特有の知識とネットワークを活かして、スタートアップを支援しています。
最後の三つ目は、グローバル展開です。パリの大型インキュベーション施設であるSTATION Fの例からもわかるように、フランスはイノベーションやテクノロジーに非常にオープンです。これは、フランス政府が、La French Techの活動の一環として、フランス外からのIT人材を取り入れるために、簡素化されたビザ取得手続きを導入していることからもわかるでしょう。
また、パリのアクセラレーターは、パリに限定して活動する組織は少なく、多くはロンドンやベルリン、シリコンバレーなど他のスタートアップ都市にも拠点を持っています。また、アメリカ発のアクセラレーターがパリに拠点を持って活動している例もあります。
このようなパリの魅力は数字でも現れており、Startup Genomeの2023年版スタートアップ・エコシステムレポートでは、パリのGLOBAL CONNECTEDNESS(スタートアップ投資における国際的なつながり指標)では8(最大10)となっており、東京の7よりも高い水準にあります。さらに、FUNDING ACCESS(アーリーステージにおけるファンディングのボリュームと成長を示した指標)では、パリは9となっており、東京の6よりも高い指標が示されています。
このように、パリのアクセラレーターは地域の枠にとらわれず、世界中からの才能やアイデア、資金を取り入れながら、持続的な成長と成功を目指しています。
パリのアクセラレーター紹介
それでは、最後にパリに拠点を置くアクセラレーターを5社紹介いたします。
The Family
The Familyは、Alice Zaguryと他共同創業者によって設立された会社です。彼らは、“野心”とは社会的構築物であり、さらにそれが文化であれば、学習や訓練を通して創り上げることができると信じ、コミュニティベースの組織であるThe Familyを立ち上げています。
以前は、パリ、ロンドン、ベルリンに拠点を置いていましたが、2020年からは6週間のリモートプログラムのみを提供しています。このプログラムの特徴は、完全オンラインで行われるDemo Dayです。参加者は、6週間のリモートプログラムを通じて再構築されたビジネスモデルを投資家の前でプレゼンテーションをすることができ、資金調達プロセスをできるだけ効率的に進めることを目指しています。
NUMA
NUMAでは、イノベーションや技術を活用した新しいビジネスの成長を促進することを目的としたアクセラレータープログラムが提供されています。元々は、フランスで最初のコワーキングスペースであるLa Cantineのみを提供していましたが、2011年にヨーロッパでも最初のアクセラレータープログラムの一つであるLe Campingを立ち上げました。このプログラムは、パリのスタートアップ・エコシステムを最大限に活用し、パリ市をはじめ、GoogleやOrange、BNP Paribasなどの大企業の支援の下で創り上げられています。
NUMAでは、二つの要素が重要視されています。まず一つ目は、経済および文化改革の中心であるデジタル。そして二つ目は、その改革や変革を推進するドライバーである人間です。
NUMAの建物に足を踏み入れると、最初に目に入るのは広大なバーカウンターとコワーキングスペースです。ここでは、国境を越えたイノベーションを促進するためにコラボレーションが奨励されています。さらに、階層ごとに実験、創造、アクセラレート、コミュニケーションの領域が明確に区切られています。
50 Partners
続いて紹介するのは、50 Partnersです。50人の起業家や有名なフランス企業の創業者がスタートアップの成功にコミットするべく、設立されました。
特にテック、インパクト、ヘルステック領域へのスタートアップに対するアクセラレータープログラムの提供、VCとしてのサポート、そして資金調達支援を行っています。50 Partnersの特徴は長期間に及ぶアクセラレーターサポートで、採択されたスタートアップは全てのステージでそれぞれテーラーメードの支援を受けることができます。そのため、プログラムへの採択は非常にセレクティブで、年間2,000以上のプロジェクトから毎年6~8のプロジェクトのみが選ばれます。
La Javaness
4つ目に紹介するのは、AIに特化したパリのアクセラレーターであるLa Javanessです。
AIによるソリューション提供も行うことから、他のアクセラレーターとは少し毛色が異なりますが、データとAIが人類の大きな課題を解決すべきであるという信念のもと、スタートアップを支援しています。特に、データおよびAIのすべてのバリューチェーン上でAIによる付加価値の高いソリューションを開発・提供することでスタートアップのビジネス拡大に貢献しています。
アクセラレータープログラムの期間は24週間となっており、米国のアクセラレータープログラムと比較すると、長期間の支援を受けることができます。
ShakeUp Factory
最後にご紹介するのは、Food TechとAgriculture Techに焦点を置いて活動しているShakeUp Factoryです。
ShakeUp FactoryはSTATION Fに入居しているアクセラレーターで、創業者であるKevin CamphuisとNicolas Raffardによって、実際に自らがアグリフード業界に身を置きながら経験したギャップを埋めるために設立されました。
これまでに200を超える飲食・農業業界のスタートアップに対してサポートを行っており、アクセラレータープログラムに参加するスタートアップには無料でSTATION Fのオフィススペースを提供したり、フランスにおける食品エコシステムおよび専門家ネットワークを活用したりすることで成長を促しています。
さいごに
本記事では、アクセラレーターの定義から始め、欧州およびパリのアクセラレーターの特徴について説明しました。
パリのアクセラレーターとして紹介した50 Partnersの例から、パリでは事業家が投資家やメンターに転身する土壌が整っており、さらにそれらの投資家やメンターが新たな事業家やエコシステムにナレッジやネットワークを還元することで、更なるスタートアップを生み出す好循環が確立されていることがわかります。また、50 Partnersのスローガンである「Supporting entrepreneurs until success」から、パリでは比較的リスクを選ばない起業家でも、堅実な成功や成長が期待できる支援が提供されていることが窺えます。
さらに、追加で紹介したShakeUp Factoryの例からは、パリが多様な産業を抱えており、産業特化型のスタートアップ・エコシステムを構築していることがわかります。このようなアクセラレーターが中心となり、人材、物品、資金、情報を提供することで、スタートアップを多面的に支援しています。
さて、フランスから一度離れて日本に焦点を当ててみましょう。日本は歴史的・文化的背景から安定性や確実性を重視する、世界的に見てリスク回避の国として認識されています。このような傾向を考慮すると、パリのエコシステムは非常に日本と合致すると思われます。比較的充実したサポートを受けながら、着実な成長を追求することが可能だからです。
また、日本もフランスと同様に多角的産業構造を有しており、既存産業のイノベーション化が重要なテーマとなっています。そのため、産業特化型の事業展開を行っている日本の企業や起業家が、すでに各産業のテクノロジー化に積極的に取り組んでいるパリのアクセラレーターに参加することも、事業成長を促す一つの選択肢となり得ると考えられます。
今後もパリのアクセラレーターを始めとした欧州を取り巻くトレンドの動向をタイムリーに捉え、皆さまに情報発信をしてまいります。
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
このトピックに関心がある方や、事業拡大・新規市場への参入をお考えの方は、ぜひお気軽にご連絡ください。私たちは、日本とフランス・ヨーロッパをつなぐイノベーション、特にオープンイノベーションやスタートアップの専門家として、貴社のニーズに合わせたサポートを提供いたします。詳細なご相談や個別のアプローチについて知りたい方は、CCIFJメンバーページよりお問い合わせください。