デュティ・フリーの国

日本でも市民権を獲得しつつあるデューティーフリーショップ。だが銀座というロケーションの是非は?

オープン
三越銀座店の8階。同店の店員や顧客にとって、百貨店が日曜営業していることは普通のことである。去る1月27日、このフロアに東京都内初の免税店がオープンした。店員たちは多くのアジア言語(韓国語、ベトナム語、中国語など)を駆使し、その合間に若干の英語を交えながら顧客の獲得にしのぎを削るが、ショップに並ぶ製品はアジア各国からの来訪者向けに厳選されたものばかりで、売ること自体はさほど難しいことではなさそうだ。酒類やタバコ類を置く一画には、なんと中国タバコの「熊猫(パンダ)」(店員曰く「消費税ゼロです!」)などの変わり種も。土産品コーナーには皇室献上品というトイレットペーパー「うさぎ」や歯磨き粉いらずの歯ブラシ、さらには「小顔」マッサージ器具など、数多くの商品が所狭しと並んでいる。しかし問題は……日曜日の午後4時、フロアを行き交う人の姿はまばらなのである。
この免税店フロアは日本、とりわけ銀座の小売業界にとっていわば「生体内」実験のような意味合いを持つと言われている。国内初の「空港外」に出店する市内免税店「Tギャラリア」が沖縄にオープンしたのは2004年。ただしこの免税店の主要顧客は、本土に戻る日本人旅行者だった。今回満を持して東京にオープンした店舗は3300平米のフロアに130のブランドを集め、160人もの店員が商品をPRする。このデューティーフリーショップは、連綿と続く日本の百貨店史上に外国人客の急増という新たな時代の訪れを告げたのである。

外国人観光客フィーバー
瞬く間に日本での存在感を強めているこの新たな顧客像とはどんなものなのか、ここでいくつか数字を並べてみよう。2015年の訪日外国人観光客数は対前年比で47%増加し、政府がかつて定めた目標値(2020年を目処に2千万人達成)に早くも迫る勢いだ。受入数で今年の日本は前年の世界第22位から16位へと大きくランクアップ、政府の予測通りに事が進んで2020年に3千万人の外国人観光客受入が実現するとなれば、さらに9位までランクを上げる可能性がある。これはまさに棚ボタのようなものだ。なにしろ観光客の消費額を8人分合算すれば、日本人1人の年間消費額に達してしまうというのだから(日本経済新聞による試算)。観光庁の発表によれば、観光客の消費額に占めるショッピングの割合は35%に達するという。 また入国者の3分の2が、中韓と台湾からの来訪者で占められている。
百貨店経営者らは、こうした外国人客の一斉到来にもう手が回らない、と本音を漏らしているようだ。
こうした新たな顧客の需要に応えようと、三越伊勢丹ホールディングスが日本空港ビルデングとの連携によりその力を結集しオープンしたのがこの免税フロアである。前者は百貨店業界で最も名高いグループであり、羽田空港旅客ターミナルを運営する後者は今まさに追い風に乗っている。成田空港との比較で利便性に優れる羽田は、国際線の発着枠拡大の恩恵を受けているからだ。羽田空港の外国人旅客利用者数は2010年の280万人から実に410%増となる1150万人に達し、国内全ての空港に占めるその割合も同年の9%から現在では約3分の1にまで増加した。

韓国に学べ
今回の免税フロアオープンはこれに続く類似店舗開店の呼び水となるもので、これにより免税店もようやく市民権を獲得することになるだろう。CLSA証券の調べによると、日本における免税店の今年度総売り上げ高は2410億円で、2020年には6800億円規模に膨れ上がるという。
日本の免税店業界に訪れたこの活気はもちろん喜ぶべき出来事だが、その一方でこの分野に関しては実際のところ他国に水をあけられているという反省点もある。「東京の各空港は、アジアからの観光客を取り込むチャンスを完全に失してしまいました」と述べるのは、高級品業界のとあるベテラン社員。例えば韓国のロッテと新羅免税店はアジア地区におけるデューティーフリー分野の代表的先駆者で、他に先んじて早い時期から国内の空港や都市中心部に積極的な出店戦略を展開してきた。業界の老舗ロッテが、その拠点であるソウルの中心部に免税店本店(小公店)をオープンしたのは1980年のことであった。同店は2014年に1兆9760億ウォンもの売上高を達成しており、これは同年の三越銀座店における売上高の倍近くに相当する額だ。コンサルティング会社Generation Researchの調べによると、今日全世界の免税品売上げに占める韓国の割合は12.3%(日本の6倍、フランスの5倍)にも達しているという。それだけではない。韓国からは、ついにそのリーダー免税店が海外進出を開始した。新羅免税店のシンガポール支店を皮切りに、ロッテ免税店も東南アジアに4店舗をオープン、さらに仏DFS社をおさえグアム国際空港(米国)内免税店の運営権を勝ち取ったばかりだ。

追いつけ追い越せ
ある有名ブランドのトップは、三越伊勢丹による今回の免税店オープンを「良い選択だった」と評価している。三越伊勢丹は、百貨店グループの中でも最も先進的な取り組みを進めているというわけだ。だが細かいところに踏み込むと落とし穴も見えてくる。実際、この試みのスタートは現在のところ若干フライング気味という印象を受ける。例えば、ここには高級品「定番ブランド」の多くが参加していない。ケリング(ボッテガ・ヴェネタ、グッチ、サンローランなど)は出店しているが、エルメスやシャネル、カルティエ、さらにはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)などの各社は誘いを辞退している。高級品業界のある管理職は「販売価格は消費税なし、さらに関税もゼロですから、商品によっては例えば香港での実売価格よりも安くなるのです。これを銀座のど真ん中でやるというのはどうかと思いますね」と打ち明けた。「顧客側の反応」についても文句なしと言い切れないところがある。彼らはまず(常に持ち歩いているわけではない)航空券の提示を要求される上、購入した商品は羽田か成田の空港に行かないと受け取ることができず、これは実用的ではない上(羽田と成田以外の空港を利用する中国人は多い)、配慮にも欠ける(購入したものと違う商品を受け取ることも)。中には店内で購入した商品が8階に行ってみたら16%も安く買えることを知り、腹を立てて返品や返金を求める客もいる。
三越銀座店8階を支配する静けさの裏では、計算機を叩く音が響いている。この大型百貨店が2015年に達成した売上高は売り場面積36556平米に対し744億円、これを1平米あたりに換算すると200万円になる。片やソウルの免税店、ロッテ小公店を見てみると、こちらはなんと1平米あたりの売上高が1900万円 にも達しており、これでは比較の対象にもならない。このような高い採算性を得るためには、百貨店が高級品やタバコ、土産物といった販売品の種類、さらにはブランドの認知度に応じて異なるマージンを設定するなど、何らかのさじ加減が必要となってくるだろう。あまり知られていない商品(例の歯磨き粉いらずの歯ブラシなど)には高いマージンという「薬を調合」すると同時に、名の知れたブランド(ティファニーの宝飾品など)に対してはこれを低く抑える、などの処方箋が求められるのではないか。
また三越銀座店本体としても、外国人観光客(特に中国人)を顧客とする多数の旅行代理店に売り込みをかけ、旅行者を8階まで誘導する方策を検討すべきかと思われる。来る3月31日、三越銀座店からわずか200メートルの新商業施設内にロッテが新店舗を構えるとあっては、こちらとの差別化も必要になってくるはずだ。ロッテはアジア系ツアーオペレーターにコミッションを支払うなど、旅行業界との付き合いも長い。戦いは恐らく厳しいものになるだろう。その火蓋は切って落とされた。

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