ワルシャワ条約式ナショナリズム?

戦後、食物を植える昭和天皇と平成天皇

憲法学者であり、フランスとその価値観を愛する知識人、樋口陽一教授に本誌がロングインタビューを実施。同氏の目に映る日本の現状について、さわりの部分をお届けしよう。

現在の体制をどう思われますか?
「もう1つの自民党」とでも申しましょうか。自民党の長期政権が続いているのは、その保守主義的な立ち位置と、戦後の復興という役割があったからです。いずれにせよ彼らは破壊者ではなかった。戦後、多くの改革が行われました。まず農地改革ですが、これは封建的な農地所有制度を廃止して農民に土地の所有権と自由を付与するという意味で、フランス革命時の農地改革とよく似ています。日本の農民たちは、フランスでよく言われるように「たくさん働き、たくさん稼ぐ」オーナー経営者になったのです。わが国はこの制度改革をベースに経済成長を遂げ、購買力や消費が増えて産業が発展していきました。こうした勢いは例えば南米の農村などでは見られなかったものです。また次なる改革として財閥解体と独占禁止法の制定、さらに旧来からの家族制度の解体による女性の解放という第三の改革も行われます。フランスの1945年(国民投票時)に続き、日本では1946年4月に女性が初めて投票権を得ました。


かたや安倍首相の改憲案は控えめな内容に見えます。
とんでもない。憲法問題に関する安倍首相の態度の豹変は、彼が実のところ何をやらかすか全くわからないということを示しています。彼の頭の中にあるのは憲法を攻撃することだけです。ヤクザが「因縁を付ける」のと同じで、ただ「喧嘩を売っている」だけなのです。自衛隊を憲法に明記したいとのことですが、その存在は既に2つの法律に規定されています。2年前、彼の法案に反対する日本人は、1960年代を彷彿とさせる大規模なデモを行いました。60年代当時、国民は安倍氏の祖父、岸信介が掲げる日米安全保障条約に反対してデモを行ったのです。2015年、安倍首相は「集団的自衛権」に関する法律を制定しました。これにより日本は直接攻撃を受けなくても米国に対する軍事的支援を行うことができるようになります。この法律は本質的に憲法に触れるものですが、少なくともこれに反対しこうした動きを封じるための拠り所として憲法第9条があります。もし安倍首相が第9条に手を付けるなら、1946年書簡に立ち戻る方向での新たな改憲を要求せざるを得ないでしょう。

「集団的自衛権」を、NATO (北大西洋条約機構) と比較するのは適切ですか?
必ずしもそうとは言えません。なぜならNATO加盟国には活動の自由が与えられていますが、同盟国アメリカに対し日本にはその自由がありません。ブッシュ大統領がイラクを攻撃した時、ドイツとフランスは参加を拒否しました。日本にこれと同じ自由があるかと問われれば、恐らくないと言わざるを得ないでしょう。米国との力関係は日本に不利ですから。似たような関係で思いつくのは、むしろソ連とその衛星国の間で締結されたワルシャワ条約の方ですね。

日本の強硬なナショナリストたちが米国との同盟を頑なに支持しているのは、いかにも矛盾 しているように見えます。
そのとおりです。彼らはワルシャワ条約式ナショナリストですからね!「ナショナリスト」という言葉には注意が必要です。「ナショナリスト」の価値観とは一体どのようなものでしょうか? ヴィシー政権はナショナリストでした。一方レジスタンスの運動家はナショナリストであると「同時に」共和国的普遍主義者でもありました。彼らは母国のために闘い、また同時にファシズムに対抗して人間の尊厳を守るために闘っていたのです。ベトナム国民はフランスと米国から独立を手に入れたわけですが、その独立宣言の中で同国は1791年のフランス人権宣言や米国の独立宣言に触れています。こうした価値観は、安倍首相の理想を体現する「ナショナリスト」団体、日本会議とは相容れないものです。

安倍首相の支持率の高さをどのように見ておられますか?
私は株式市場の専門家ではありませんが、株価の上昇に関心のある日本人が大勢いることは事実です。アベノミクスはどう見ても失敗ですが、人為的な操作により日経株価指数は2倍に上昇 しました。米国は金融量的緩和政策を終わらせよ うとしているところですが、日本はこれに関して口を閉じたままです。こうした状況は、誰もが戦争の終結に不安を感じていた1943~1945年頃を思い出させます。一旦始まった戦争をどうやって終わらせるのか? しかしその問題を口にすれば大逆罪に問われたのです。

昭和天皇のリベラルな側面についての驚きは?
以前から言われていることですね。日本の皇族は欧州の王室、とりわけ英国王室とのつながりがありますから、リベラルな考え方の影響を受けておられます。昭和天皇はフランスで学んだ西園寺公望公爵とも親交がありました。同時代の日本の政治家や軍人と比較すると、昭和天皇は親アングロサクソンのリベラルと言えるのではないでしょうか。1946年、昭和天皇はこのような言葉で日本国憲法を迎えました。「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび……」。しかし昭和天皇には、自ら積極的に行動せず歴史の流れにも逆らわないという知識人特有の「致命的な欠点」がありました。昭和天皇は強い個性をお持ちではなかったのです。一方、そのご子息にあたる明仁天皇はご自身の経験から多くのことを学ばれ、その控え目な外見とは裏腹に強い個性をお持ちです。譲位を可能とする前例をつくることを希望されましたが、安倍政権はそれを望みませんでした。なぜなら極右にとって、譲位は受け入れがたいことだからです。そこで陛下はNHK を通じて皇室制度の改革を直接国民に訴え、これにより日本人の言ういわゆる「忖度(そんたく)」が働くことになりました。こうして主権を持つ国民の合意を得て皇室制度が引き継がれることになったわけです。

戦後体制が危機に瀕しています。日本の将来には悲観的ですか?
私は敗北主義者にはなりたくありません。日本国民は名誉のなんたるかをはっきりと示し、民主主義に求められる責任を明らかにすることができます。前川喜平氏は加計学園の一件を巡る首相官邸から文科省への圧力を告発しましたが、その会見を見ながら私は大いにその意を強くしました。あれは日本の高官による名誉の奮起です。

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