円相場

机上の計算では単純明快、戦略はうまくいきそうに見えた。まず、政府はアベノミクスのなかでも貨幣供給量を2年で2倍に引き上げるという度肝を抜く量的緩和策で、円相場が国際基軸通貨に対して下落する材料を常に供給し続け、日本の輸出品の国際競争力を高める。すると「メイドインジャパン」製品の価格はみるみるうちに下がり、手ぐすね引いて待っていた日本企業に欧米や新興アジア諸国から注文が次々と舞い込む……。「そのシナリオ、ちょっと待った!」と中国、韓国の両政府、そしてベトナム政府までもが憤慨して立ち上がった。こんな「不当な為替操作」を許したら、我らが国の製品は「高嶺の花」になり、企業は路頭に迷うではないか。三国の憤怒の根拠はこうだ。ここ数日、日本企業の平成24年度期末決算が次々と提出され、各社の大幅な業績改善が判明している。トヨタは過去最高水準に迫る増収増益を記録し、マツダとソニーは赤字から脱出した。

海外で事業を営み、外貨で上げた業績を本国に持ち込む日本企業の場合、円安は間違いなく帳簿上プラスの効果をもたらす。ところが、円安が国内企業の実際の事業に及ぼす影響はさほど明らかではない。最近の貿易統計によれば、円相場が昨年11月から下がり始めたにもかかわらず、海外からの受注はさほど増えていない。

2013年1〜3月において、円建てだと輸出は増えたように見えるが、数量ベースまたはドル建てに換算すると、実際には後退している。円安の本当の勝者は、国内に本格的な生産拠点を持ち、そこから大量に輸出する企業であり、自動車部門ならトヨタとマツダ、電子部門ならムラタと東芝だ。マツダは同社が販売する年間120万台の車両の70%をまだ国内工場で生産している。また国内生産の80%が輸出に充てられている。最終会計年度は円安に助けられ5年ぶりに黒字に転じた。為替レートがこのまま推移すれば、ここ数ヶ月の内には海外市場向け自動車の価格を下げて市場シェアを伸ばすか、価格は据え置き利鞘を稼ぐかのどちらかが選択できる。一方、トヨタでは某幹部が数日前にこう断言した:「価格はあくまでも競合とマーケティングのポジショニングに応じて決まるものであり、為替レートによるものではない」。

電子部門は値下げ以外に選択肢はない。東芝は海外市場でサムスン等韓国の強大なライバルに対する競争力が回復したことを受けて、四日市工場でNAND型フラッシュメモリを増産している。

生産の主要部分をすでに海外に移管した企業においては、円安の恩恵は殆どない。日産はもはや国内で年間100万台の自動車を生産するのみ。日本から5割強のユニットを輸出するものの、近年は韓国、中国、タイからの部品購入を増やすよう努力している。こうして九州工場で生産される車種「ノート」は、45%の部品が外国製である。今やこうした部品の仕入れのせいで、かえってコスト高になってしまった。期末決算報告の席上で質問を受けたカルロス・ゴーン氏は、円安になっても「日産グループの製品の競争力はなにも変わらない」ことを認めた。

多くの業種にとって円安はむしろ悪材料だ。原発稼働停止以来、ほとんどが赤字経営の電力大手は、石油、石炭、天然ガスなどの輸入コスト急騰を補うために電力料金を引き上げざるを得ないと予告している。この電力料金の上げ幅を被ることとなる製鉄業には、さらに鉄鉱石、石炭価格の高騰も追い打ちをかける。石油化学、製紙、セメントといった輸入原材料を大量に使用する業種の幹部たちは大口の得意先を回り、コスト増の一部を引き受けてくれるよう説得を始めている。政府肝煎りの円安も、すでに終結が待ち望まれている。

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