失敗することを学ぶ

穏やかだった三木谷浩史は起業家になって、暴れん坊になった。 

震災 
この4月、東京で楽天が後援して開催された「新経済フォーラム」に集まった若き起業家を前に、日本のネットショッピング大手の社長である三木谷浩史は自分の考えを述べつつ、メッセージアプリ、Viber(バイバー)買収が妥当だったかというアナリストの質問に対して、全てに答えがあるわけではないと認めた。そのフォーラムの2ヶ月前、楽天は 9億ドルを投じてViperを買収したが、一方でフェイスブック社が Viperと似たプラットフォームを持つLineやSkype、 WhatsAppを総額190億ドルで買収したのだった。大事なのは、直感に従い、時代の変革を先取りすることなのだと三木谷は強調する。「日本人は慎重さを重んじる文化があります。プロジェクトの詳細があらかじめ全てはっきりし、成功が100%確かでなければ、その中に飛び込もうとはしないのです。失敗は不名誉な不幸などではないことを理解させなければなりません」と断言する。
しかしながら、この百万長者とてリスクを好んで負うために生まれたわけではない。名高い日本興業銀行でダークスーツに身を包んだ真面目な管理職としてのキャリアを積み上げることもできたのだ。しかし、1995年1月17日、彼の出身地、神戸を襲った地震で、叔父と叔母を亡くし「その時に、私は永遠に続くものはないと悟ったのです」と語っている。やるなら早くやるべきだという思いから、1990年初めにハーバードで学んだ頃に既に抱いていたことを実行すべく、管理職だった会社を辞め、売り手と買い手を結びつけるネット販売のサイトを立ち上げを決心する。1997年に楽天は、その多くが友人の経営する13店舗と共に営業を開始した。概ね大胆な買収による子会社を含め、彼は4万2千の拠点を傘下に収め、日本のみならずフランス、アメリカ、台湾に9千3百万人の顧客がいる。

決裂
15ヵ国にまたがり、金融業から旅行業、さらには韓国のメロドラマのストリーミングサービスに至るまで異なる40の業種を束ねる帝国を維持するために、彼は日本の大企業のやり方をほとんど採用しない。日本の経営者連盟である経団連は、縄張りを守ることが目的で瀕死状態にある「旧体制」を維持しているだけにすぎないと糾弾し、けんか別れして脱退した。それでも一企業の中で異なる部署や役職の間で透明性と意思疎通を進める最良のやり方、ヨコテン(横展開の略。一か所で成功した方法を他に広めて会社全体の革新を行うこと)のコンセプトは持ち続けている。社員には、業務に英語を用いるようにという多大な努力を必要とする課題を与えているのもそのひとつだ。
その他に、業務の中核を構成する全てにイノベーションを推奨し、従業員をグループの社会的な役割と一体のものであると断言している。販売側を食い物にするようなビジネスモデルを拒否し、共に発展することを望んでいる。
2012年、ハーバードの学生の前で、買収は自分の哲学に基づくものだと説明した。「もし、わたしたちの興味を引く会社が我々の文化を相容れなければ、共に仕事はできません。」その後、三木谷氏が1億ドルの投資をしたPinterrestサイトの非常に若い社長、ベン・シルバーマンとの出会いについて語った。「我々は一杯飲み、カラオケに行きましたが、ベンは文化の違いを感じたと思います。」
しかし、用心しても時には、投資が失敗することもある。2年前、楽天は検索エンジンBaiduとライン販売プラットフォームを立ち上げた中国から撤退した。「私としては、唯一の大失敗でした」彼はハーバードでこう打ち明けた。

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