宇宙を夢見て

ここ20年、日本は大国の名にふさわしい宇宙開発プログラムを推進してきた。研究段階を経て、同プログラムは商業段階、政治的段階へと進みつつある。

後発参入
「北朝鮮でさえ、ロケットを製造できるのだから」――宇宙開発で欧米に後れをとった日本で、計画推進派らがしきりにこうした声を上げて国民の気を引こうとしていたのは、まだほんの10年前のことである。以来、日本は初の国産ロケットH-IIの打ち上げを8度のうち7度までも成功させた。宇宙産業史上、これほど優秀な結果を出した国は日本をおいてほかにない。これがいかに凄いことかを説いても、誰も真に受けようとしなかった。でも、もう笑う者はいない。日本は今や、米国とEUに次ぐ第三の宇宙開発先進国の座をロシアと争うまでに成長している。国産ロケットH-II、これに続くH-II A、H-II Bを製造した日本は現在H-IIIの開発を控えており、アリアンスペース社やその低コスト・ロケット、アリアン6と競合することになるだろうと目されている。「JAXA(宇宙航空研究開発機構)のプログラムは、自立型有人宇宙飛行以外のあらゆる宇宙開発を総合的にカバーする類まれなものです」と欧州のある外交官は述べている。国際宇宙ステーション(ISS)に対する日本の出資比率は13%にも及び、実験棟「きぼう(JEM)」で独自に研究を推進。また日本は多数の観測衛星を打ち上げており、これを通じて気候変動のしくみの理解や地上で発生する自然災害の予知能力の向上にも寄与している。こうした取組みは、自然災害の多いアジア地域において極めて重要な役割を担うものだ。天文学分野においても日本の技術は高く評価されており、JAXAは現在、水星探査を目的に欧州宇宙機関(ESA)と共同で探査機「ベピ・コロンボ」を開発中である。加えて、2014年には、はやぶさ2号による小惑星探査プロジェクトも予定されている。

台頭

日本の台頭は、この国における宇宙開発分野の管轄機関の変化にもよく表れている。この分野は長年にわたり科学技術振興機構の専売特許だったが、その後文部科学省の管轄下となり、昨年7月には内閣官房が直接運営にあたる宇宙開発戦略本部が設立された。「平成20年の宇宙基本法成立を受け、この科学は地政学に移行したのです。これは極めて重要な変化と言えるでしょう」とは内閣府宇宙戦略室長を務める西本淳哉氏の言葉だ。現在日本では、50名にも及ぶ政府高官が宇宙政策を担当している(対するフランスでは約10名)。この国にとって、宇宙進出に向けた独自の足場を固めるという方針に議論の余地はないようだ。

だが宇宙への進出には予算的な裏付けも必要である。研究開発に湯水のように金を使えた古き良き時代はすでに終わりを迎えた。宇宙開発行政は、「集中と選択」という新たなスローガンのもとでこれからの時代を生きていかなければならない。「ここには明快なメッセージが込められています。学術的な側面よりも商業的側面を重視する、ということです」そう語るのは、最近日本を視察してきたばかりの欧州の業界関係者。今後の宇宙開発プログラムは、収益性への配慮が実施の必要条件となる。事実、学術研究ミッションに対する予算は削減されており、年間3億ユーロに上る国際宇宙ステーションへの拠出金も、2016年以降は現状維持というわけにはいかないだろう。

「ジャン=イヴ・ルガル氏は、常々衛星打ち上げビジネスの分野で成功するためには3つの条件を満たす必要がある、と述べています。その条件とは、第一に技術力、第二に実際の製造能力、そして第三にサービス面の要件です」CNES(フランス国立宇宙研究センター)理事長の言葉を、その側近の一人はこのように説明している。日本は1994年に「100%国産」のH-IIロケット打ち上げに成功しており、第一の条件は既に満たしている。22回の打ち上げのうち21回成功したという事実から見て、同国が第二の条件もクリアしつつあることは明らかだ。打ち上げ可能な時間帯が限られているという制約にかねてより悩まされ続けてきたJAXA であるが、打ち上げ地である種子島の漁民らとの交渉により、この問題も解決済みである。ただし、第三の条件を満たすのはそうたやすくはなさそうだ。国が自国の衛星用に国産ロケットを使用するのは当然としても、民間業者は相変わらずアリアンスペース社に頼り続けている。1986年以降に実施された商業目的の競争入札36件のうち同社は実に27件を落札しており、しかも民間業者が打ち上げる衛星の大半は米国製だ。30年前には5社を数えた通信衛星事業者も、今ではスカパーJSATとB-SATの2社を残すのみとなっている。

コストダウン

宇宙開発プログラムを持続可能なものとすべく、日本はコスト削減に向け多大な努力を払ってきた。「H-IIからH-II Aの間に彼らはコストの50%削減を実現しました。ところが円高が進行し、その競争力が失われてしまったのです」と、ある業界関係者は指摘する。アリアンスペース社による商業衛星打ち上げ費用は、現状ではJAXAより30%も安い。日本では平成20年の宇宙基本法制定により防衛衛星の打ち上げも認められるようになった。最近では、同一ロケットを用いて国の衛星と「セットで」商業衛星を飛ばす、混成式のロケット打ち上げも可能となっている。 さらに日本は、開発援助の名目で極めて有利な金利による借款を供与、新興国の衛星打ち上げを支援している。その新興国(中でもインド、ブラジルなど)では、自力で宇宙進出をめざす気運も高まっている。
「欧州と同様に、また米国や中国、ロシアとは違って、日本は軍事衛星の打ち上げは行っていません。売上の90%は日本国内で上げたものですが、我々はこれを欧州と同じく50%に引き下げていきたいと考えています」と西本淳哉氏は述べている。

また同氏は「日本の産業は繊維や鉄鋼、造船といった分野からその歩みを始め、それが電子機器、自動車、医療、バイオテクノロジーへと変化してきました。今後は宇宙開発が日本の未来を担う産業分野のひとつになるだろうと考えています」と断言する。既に三菱電機は、オーストラリア、シンガポール、台湾およびトルコの各国に、またNECはベトナムに衛星を納入した。だが民間産業界は、果たして官僚の掲げる夢に乗ってくるだろうか? 前出の欧州業界関係者の答えはノーで、それには二つの理由がある。「第一の理由は、業界グループ企業の売上に占める宇宙関連事業の割合がわずか1%に過ぎない、という事実です。彼らにとって宇宙開発とは、実のある産業分野というよりむしろ企業イメージ的なものなのです。そして第二に、日本政府の年間発注総額がアリアンスペース社の売上高とほぼ同額に達しているという状況があります。とすれば、一体なぜ不要なリスクをおかす必要があるのでしょう? ただし、公的な発注が止まった場合、彼らは今より積極的な営業に打って出るに違いありませんが」

日本がこのように自立的に事を進めようとした場合、最も大きな痛手を負うのは、この市場に君臨するアリアンスペース社である。同社では今年のロケット打ち上げ予定はなく、向こう数年間にも打ち上げ事業に向けた発注の声は聞こえてこない。「注意深く様子を伺いましょう」アリアンスペース社のある管理職はこう述べて、近い将来新規発注の発表があることを匂わせた。「例えば日仏政府間共同の衛星を打ち上げるにあたってアリアンスペース社と三菱重工が手を組む、そういうこともあり得るのでは」とは日本のある業界関係者の弁。競争こそが市場を成長させるのであり、それはアリアンスペース社にとっても良いことに違いない――と、彼は考えている。「なにしろ宇宙開発セクターの産業規模は、アイスクリーム業界の半分に過ぎないのですから」

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