文学

開戦へ

堀田氏の筆は、非公式なやりとりの瞬間に比類のない冴えを見せる。

2013年10月に発刊した堀田江理著の『Japan 1941: Countdown to Infamy』が、発売と同時にメディアから絶賛の嵐を浴びた。評判どおりの傑作である。歴史やサスペンス小説、あるいは小説全般を愛好する人なら、誰でもこの『1941』に夢中になること間違いない。本書は第二次大戦において日本が真珠湾攻撃に踏み切り、米国が連合国側に立って参戦するまでの道筋を事細かに再現している。
永井荷風の日記から御前会議の議事録まで、引用される資料の充実度に圧倒される。堀田氏は当時の驚くほど複雑な時代背景や、開戦に向け坂を転げ落ちていく男たちの姿を、胸に迫る物語として再構築した。この本からは、単純な善悪の二元論は完全に排除されている。日本の指導者層は何度も躊躇し、軍部においても海軍などは開戦に強く反対。陸軍大将・東條英機でさえこの戦争の正当性に対する疑念を拭えず、組閣にあたっては平和主義者の東郷茂徳を外相に据えるなどの配慮を示している。天皇自身も戦争を甘受するしかなかった。一方、日本のアジア進出が始まると、もはや後戻りすることは不可能な状況に追い込まれ、世論が開戦を後押しする格好となった。最終的に日本政府は、無謀な行為も運さえあればうまくいくと空頼みして、まるでポーカーでもするかのように全てを戦争に賭け、結果一切合財を失うことになる。
堀田氏の筆は、世界の命運を左右する一対一の私的な会話など、非公式なやりとりの瞬間にさしかかると、比類のない冴えを見せる。いくつかのシーンは、読み手の心を掴んで離さない。例えば時の駐米大使、野村吉三郎が米国務長官コーデル・ハルのもとを訪れるくだり。真珠湾攻撃からわずか数時間後に行われたこの会談に臨み、米国側は攻撃の事実を既に把握していたが、一方野村はそれを知らなかった――この部分の描写などは、まさに名人芸と言ってよい。1942年、帰国途上の野村はモザンビークのマプト港に一時寄港していた。彼はその時埠頭に駐日米国大使、ジョゼフ・グルーの姿を認める。堀田氏はその時の模様を、二人は「帽子を取り、お互いを認め合う静かな身振りで挨拶を交わした」と描写している。そして本書の結末は、人間性、悲しみと希望が凝縮されたすばらしい出来栄えだ。必読の書である。

『Japan 1941: countdown to infamy』、堀田江理 著、Eri Hotta、Knopf、 352 p.

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