最後の日本兵

去る1月16日、小野田寛郎氏が亡くなった。元帝国陸軍兵士の小野田氏は、終戦から29年後の1974年、フィリピンのジャングルから生還し世界中を驚かせた人物である。1944年、ゲリラ戦に従軍するためルバング島(フィリピン西部)に着任して以来、同氏は自身に下された命令――投降しないこと、自殺しないこと、そして援軍を待ち持ち場を守ること――に対する忠誠を愚直にも守り続けた。彼は上司の命令がない限り動くことはできないと言って譲らず、そこで戦後厚生省の官僚となっていた元上官が急遽フィリピンに派遣され、小野田氏に投降するよう説得した。
当時若きジャーナリストだったベルナール・サンドロン氏は、この途方もない冒険譚をもとに『Onoda, trente ans seul en guerre(小野田――その孤独な30年戦争)』と題する一冊をジェラール・シェニュ氏との共著で上梓した。「彼は自らを厳しく律することで生き延びたのです。ジャングルを出る時、彼の武器や衣服は完璧な状態に保たれていました」と、サンドロン氏は自ら設立したコンサルティング会社BCILのオフィスで当時を回想した。日本社会に再び馴染むことができなかった小野田氏は、ブラジルに移住し農業を営むようになる。日本人の粘り強さを体現する人物として国民の記憶に残り続けた彼は、戦後日本の極右勢力の英雄でもあった。日本はあくまで戦争に追い込まれたのだという考え、そして米国が日本の子供達に「左派のプロパガンダ」を吹き込んでこの国を弱体化させたとの主張を曲げなかった。小野田氏の信奉者は、戦後の小競り合いで彼が無為に殺した現地のフィリピン人に思いを馳せることはなかったのである。

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