来た、見た、ヴァンシだ
伊丹空港と関空に続いて、日本のパートナー企業オリックスとともに神戸空港の運営権(コンセッション)を獲得したフランスのコングロマリット、VINCI(ヴァンシ)社。同グループにとって、これはまさに大きな一歩である。
感慨
9月26日、神戸市役所。「長い経緯を考えれば感慨深いものがあります。今後は関西全体の航空需要の拡大、関西経済全体の発展に貢献できると考えています」。久元喜造市長は、自身の心情と具体的な展望を織り交ぜながら、地元空港の運営権売却を発表した。国内報道陣のカメラを前にした市長は、関西エアポート神戸の日仏共同経営者両名を左右に配する理想的な位置に陣取った。関西エアポート神戸は関西エアポートの特別子会社で、ヴァンシとその日本のパートナーであるオリックスが折半で出資して運営するジョイントベンチャーだ。市長の両脇を固めるのは、健康的な笑顔が印象的なヴァンシ・コンセッションズのニコラ・ノートバール社長、そしてオリックスの小島一雄副社長。両国大使館の誇る日仏パートナーシップ精神のお手本ともいうべきファミリー勢揃いの光景である。
新婚旅行が終わると同時に、空港で突然結婚生活に終止符を打つことを、日本では国際空港の名を借りて「成田離婚」と称するわけだが、ヴァンシとオリックスが2015年に締結した契約は、いわば「KIX(関西国際空港)結婚」とでも呼ぶべきものだった。インフラ投資・運営を専門とするフランスのリーダー企業ヴァンシと日本の大手リース企業オリックスは、関西の大型空港施設(伊丹空港と関空)の向こう44年間に及ぶ運営権を既に獲得している。とはいえ新婦は必ずしも「器量良し」ではなかった。なにしろ当時、関西国際空港は持参金どころか1兆円(76億ユーロ)にも上る莫大な借金を抱えていたのだから。そんな事情もあり、現われた求婚者はたった1人しかいなかった。冒険心溢れるその求婚者の名は関西エアポート。負債は、新関西国際空港株式会社という企業を作り、その企業に関西エアポートがコンセッションの収益を送り、負債を削減する。
スマートに
その後の新婚生活は順風満帆のようだ。運営権が譲渡される前には、役人とゼネコンの癒着の典型のようなその体質を国内報道機関に叩かれていたこれら2空港だが、関西エアポートは両空港の業務慣行を1年間で一変させた。例えば関空では「スマートレーン(荷物確認インテリジェントシステム)」を導入するとともに、免税店ゾーンにおける誘導経路の見直し、荷物ターンテーブルの合理化及び軽量建設資材を用いたターミナルのリノベーションなどをヴァンシが実現。その結果収益は急増し、コストも大幅に削減された。しかしこれはまだ序の口だ。ハード面に続きソフト面の改革にも取り組むヴァンシは、世界各国の航空会社との密な関係を活かして路線の拡大に乗り出し、年末までには新たに関空・シドニー便が就航予定となっている。中国方面に関しては、関空が既に日本一の地位を獲得したと言える。新しい関空第2ターミナルは数年前から日本にもお目見えした格安航空会社の専用ターミナルだが、設計上想定されているのは航空会社2社分のみ。しかしフランス流の抜け目ない工夫をいくつか施して、彼らの説明によるとターミナル収容力を10倍に拡大したという。現在、関空はヴァンシグループにとっていわば「ショールーム」的な意味合いを持つ施設となっており、膨大な運営支出に頭を悩ませる国内各地約100ヵ所の空港事業者がこぞってこの場所を訪れている。日本における実績のないヴァンシにとって関空の運営は全くの手探りだが、これは政府にとっても同じこと。官邸は数百に上るインフラ(高速道路、空港など)に対する国のお粗末な管理状況を認め、官民パートナーシップの拡大を通じてこれらに投入する国費の削減を望んでいるようだ。現在のところ募集に対する応札者はごく限られているが、そこに占めるフランス企業の割合は異例の高さを示している(エムシードゥコー、ヴェオリアなど)。
関西の要衝
彼らの手法とは?「最初は半信半疑でした」ヴァンシ・コンセッションズのニコラ・ノートバール社長も認めている。「オリックスは当社を選定するまでに複数のパートナー候補を検討していたようです。当社としては日本への進出を希望していたのですが、性急にことを進めるべきではないと考えていました。民間企業に対する運営権付与(コンセッション)は、わが国で誕生した非常にフランス的なモデルです。国や状況を問わずマッチするとは限りません」。日仏両国文化の二頭立てで日々邁進する関西エアポートでは、外国から来た「ヴァンシ・ボーイズ」9名がオリックス出身者らと手を組んで日本人社員4000人を率いている。双頭の被造物を思わせるこの事業体においては、誤解やフラストレーションは日常茶飯事。高度に政治的な側面を有する空港の運営は、多くの地元関係者にとって極めて重要な意味を持つのだから尚更だ。今後予定されるオリンピックや地元活動の支援、カジノ計画、さらには2 0 2 3 年万博大阪招致計画などに際し、関西エアポートはパートナー間に軋轢をもたらす数多くの問題に直面することになるだろう。オリックス出身者と共にCO-CEOを務めるエマヌエル・ムノント氏曰く、「これは他にはないモデルです」。このモデルは互いを縛らない結び付きと良好な相互理解の上に成立しているようだ。実際、オリックスはヴァンシとのパートナーシップとは別枠で福岡空港の民営化に応募したが、こちらは選に漏れている。一方、オリックス=ヴァンシとしては、今後北海道における運営権獲得に注力するという。ここでは関西の方式に倣い7つの空港を地域共通の1グループにまとめるという課題がある。
とはいえオリックス=ヴァンシの挑戦が特に重要な意味を持つ舞台は、やはりインドネシア1国に匹敵するGDPを有する関西地域をおいて他にない。神戸空港の獲得により、関西エアポートはひとつにつながる3つの環を手に入れることになる。ヴァンシの関係者は「当社ではこれら3つの錚々たるターミナルを合理化するための十分な手立てを有しています」と語った。このような試みは東京や関東地方では実現不可能だ。遠く離れた成田と羽田2つの空港は別々に運営され、同じ獲物を追い駆けて互いを食いつぶす様相を呈している。ある業界関係者は「成田と羽田はどちらも国内線と国際線を抱えています。関西エアポートは、今後各空港を専門化する取り組みを進めます。例えば街に近い神戸空港では中国路線に力を入れ、特にビジネス関係のプレミアムクラスを提供する一方で、関空は格安航空会社向けのターミナル、伊丹は国内線中心に運営していくなどの方向が考えられそうです」と述べている。