百貨店の王様

伊勢丹は世界中の百貨店のお手本のような存在だ。三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長、大西 洋氏に話を聞いた。

あらゆる業界がインターネット時代の到来に直面しています。三越伊勢丹はどのように対応されていますか?
今日、日本のあらゆる業態を加えた小売市場全体の約10%が、インターネットを通して行われています。この割合は数年のうちに大きく伸びるでしょう。これからの日本で、売り上げが伸びる唯一の流通チャネルがイーコマース(EC)だと思います。
私たちは、インターネットによる新しいビジネスモデルに取り組んでいるところです。三越伊勢丹グループの全体の売上げは約1兆3千億円ですが、そのうちネットビジネスは8万品目を扱い、100億円レベルの売上げです。今後、20万あるいは30万品目に伸ばすことができれば、200億円までは伸ばすことができると思います。ECについては、自社独自のプラットフォームを開発するか、あるいは他のインターネット企業と組むか、まだ決めかねている状況です。

伊勢丹が、イベント企画会社と思えるほどイベントに力を入れているのはなぜですか?
伊勢丹新宿店は、「世界最高のファッションミュージアム」を目指しています。つまり、常に新しいファッション提案をお客様に行っていかなければならない店舗なのです。これが私たちの使命であり、またお客様を惹きつけるものであると思います。
2年前に私たちは婦人服売り場のリモデルを行い、エスカレーターの周辺に「パーク」というイベントスペースを設けました。先日は、1階の「ザ・ステージ」でナイキとデザイナー阿部千登勢さんのブランド「サカイ」のコレボーレション企画を行いました。開店前に300人のお客様が列を作り、大きな売り上げを達成しました。そのほかに、漫画セーラームーンのキャラクターとブランドを組み合わせた企画なども大変好評でした。

パリの百貨店ギャラリーラファイエットの顧客の半分は外国人観光客です。この「新しい顧客層」への三越伊勢丹の考え方をお聞かせ下さい。
伊勢丹新宿店では、売上げの7%が外国人観光客によるものです。一方、三越銀座店では同比率は約12%になります。10%を超えるとその方々向けに売場をつくる必要があるため、三越銀座店には今秋、空港型の免税店を導入します。私たちは外国人観光客に対し、しっかりおもてなしをすることで、お買い上げ頂きたいと考えておりますが、目標数値はあえて設定していません。伊勢丹新宿店は、世界でも有数の売上げと来客数を誇る百貨店のひとつですが、もし私たちがギャラリーラファイエットのように、お客様の半分が外国人になってしまったら、店づくりを根本的に変えていかなければならなくなります。私たち伊勢丹はこれまでどおり、ファッションに集中した店舗であり続けるべきだと思います。

少子高齢化により国内人口が減少、個人消費がダウントレンドになるという状況では、むしろ観光客を惹きつけていかなければならないのでは?
繰り返しになりますが、もし当社の百貨店で、外国人観光客の売上げ比率が30%を超えることになれば、店舗を変えていかなければならなくなります。その対応のひとつとして、私たちは三越銀座店に空港型市中免税店を外国からのお客様専用に設置することにしたのです。ギャラリーラファイエットについてお話をされましたが、それは私たちにとってモデルとなるものではありません。どちらかと言えば、ル・ボン・マルシェが当社のあるべき姿に近いものです。

ル・ボン・マルシェが三越伊勢丹にとって、大切な見本となるのはなぜでしょうか?
ル・ボン・マルシェはファッションと食品が素晴らしい百貨店であり、理念が非常に明快です。それは、いくつかある自分たちの強い点に集中し続けるという経営方針です。(ロンドンの)セルフリッジ百貨店も同様のことが言えると思います。

三越が伊勢丹と経営統合しました。両社はお互いに何を得たのでしょうか?
三越は伊勢丹より3倍長い歴史を持っており、「三越」の名前は日本の文化遺産を思い起こさせるものです。とくに呉服や美術は日本でも最高の商品を展開している百貨店です。また三越は、お帳場という名で知られる方法で、お得意様を大切に扱うことにかけては、極めて優れています。伊勢丹はもともと新宿駅から歩いて10分という場所に位置しているという経緯もあり、ファッションをその特徴として打ち出していったのです。このふたつの暖簾(のれん)は、それぞれの長所を持っています。この両社がひとつになることで、私たちはそれぞれを享受することができました。そしてこの長所をお互いが生かすために、たとえば三越出身者がお得意様営業統括部を、伊勢丹出身者が商品統括部をそれぞれの責任者として担当しています。だからといって、ふたつののれんがひとつになるということではありません。お客様は誰もふたつのお店が似たり寄ったりになることを望んでいらっしゃらないからです。

東京で巻き起こっている建築ラッシュが、伊勢丹新宿店や三越日本橋店の価値ある建物を壊すのではと危惧されていますか? 東京では数少ない古い建物であることが百貨店としての魅力のひとつになっていると思うのですが。
そうですね。2020年のオリンピックを見据えて建築ラッシュが起きており、少しずつ東京の全ての地区が同じような様相になってしまうのではないかと思います。ただし、私たちについて言えば、建物の改装や維持は行っていますが、何も壊してはいません。

伊勢丹新宿店から50メートルのところにある三越新宿店は、2012年からユニクロとビックカメラに建物を賃貸して、そこにビックロという名前の大規模小売店舗ができました。多くの人が地域の価値を下げたと、この決定を非難しています。どうお思いになりますか?
この計画が持ち上がった当時、三越の業績が振るわなかったこと、そしてこの建物をどのように活用すれば最良の計画になるかを練り上げるには時間が不足していたのは事実です。またこの建物が地域のイメージを損なっているという声が多いことも認識しています。

間違いだったとおっしゃるのですか?
そう言ってしまうのは難しいのですが、私たちは時間がないなかでそのことを決定しなければなりませんでした。5年前に、私が伊勢丹の社長に就任したとき、この案件が私の最初の経営会議の議題だったのです。もしこれが1年後に提案されたのであれば、恐らく私たちの意見も違ったものになっていたでしょう。建物をビックロに賃貸する代わりに伊勢丹の別館を作ることができたかもしれません。売り場面積1万㎡のこの物件を伊勢丹本館7万㎡に加えることができます。私たちはふたつの建物を回遊性の高い店舗とすることができたと思います。その一方で、建物賃貸することは収益性が高いというもの事実です。 この建物の賃貸契約は定期建物貸借契約なので、数年後には契約は終了します。その時には、私たちが伊勢丹として新しい価値をお客さまに提供できる店をつくりたいと考えています。

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