「虎」と日本

日本文化の熱烈なファンだったフランス第三共和制第40代首相ジョルジュ・クレマンソー(1841-1929)。歴史家マチュー・セゲラ氏が、彼と日本との関係をクローズアップした。

新しい友達
目新しいニュース、それはいつも歴史の中にある。日本は、歴史家マチュー・セゲラの仕事を通じてまた1人、「大の日本ファン」を獲得した。20世紀の最も重要なフランス人政治家の一人で、「虎」の異名をとるジョルジュ・クレマンソーである。アジア、中でも日本に傾けた彼の情熱を辿る各種展覧会がこの春フランスで開催される。マチュー・セゲラはこの人物をテーマとする著書『Clémenceau ou la tentation du Japon(ジョルジュ・クレマンソーあるいは日本の誘惑)』を上梓した。
クレマンソーには2つの顔がある。まずはフランス人にお馴染みの「大臣解任屋」「勝利の父」としての顔。30年に及ぶその政治家人生において、彼は連立内閣の成立と解散を繰り返した。彼のこうした側面は現在も新聞の一面トップに顔を覗かせ、新首相マニュエル・ヴァルスにもその影を落としている(彼が手本として挙げたのはクレマンソーだった)。しかし「美術館創設者」という彼のもう一つの顔を知るフランス人は少ない。オランジュリー、エヌリー、ギメの各美術館は彼が残したものだ。
クレマンソーは熱心な美術収集家であり、同時に優れた教育者でもあった。とりわけ彼の興味をひいたのは東洋美術であった。彼がそこに見出したのは、植民地の文化よりもフランス文化の方が優れているという主張の偽りだった。彼に言わせれば「黄禍」はむしろ「白禍」と言うべきものだったのだ。その生涯を通じ、彼は日本やインド、中国を始めとする東洋美術品を多数収集した。中でも彼を虜にしたのが日本の美術品であった。版画、掛け軸、根付、面、磁器、壷…… 彼はありとあらゆる品々を買い求めた(ただしどういうわけか、刀剣にだけは興味を示さなかった)。「1893年、選挙に敗れたクレマンソーは、2500点の香合(香の収納箱。趣ある形状と模様が特徴)のみを手元に残し全てのコレクションを売り払ってしまう。彼の寝室は、神使とされるキツネの置物2つに見守られていた」とマチュー・セゲラは述べている。

偉大なる教育者
クレマンソーは自分と同じように、秀逸な美術品に触れる機会を国民にも与えようと尽力した。1890年、彼は国立高等美術学校で日本の版画12点を展示、翌年には日本の僧侶をかたどった漆塗りの小型木像2点をルーブル美術館に購入させている。この木像はフランスを代表するこの権威ある美術館の「日本コレクション」における最初の所蔵品となった。1893年、ルーブル美術館には「日本美術」を謳う展示室が設けられたが、その内容にすっかり落胆したクレマンソーは、友人でやはりアジア美術収集家のクレマンス・デヌリー夫人に美術館を創設するようもちかけた。
クレマンソーの日本への熱い思いは芸術分野のみにとどまるものではなかった。その多彩なキャリアの途上、彼は何度も日本に向けて驚くべきメッセージを発信している。例えば第一次世界大戦の開始直後、彼は連合国側について戦う召集兵の派遣を日本に要請する運動を展開した。日本側はアジアにおける直接的利益に集中すべきであるとしてこれを拒否するのだが…… こうした一連の出来事も、今は昔の物語である。マチュー・セゲラは、クレマンソーが自ら発行する『La justice(正義)』紙上に初めて日本人記者の執筆記事を掲載したというエピソードを紹介している。政治家としてのクレマンソーは日本に対し、1868年の明治維新を経て大変貌を遂げたアジアの雄、民主主義国家というイメージを抱いていたが、彼自身は想いを募らせるその国から門前払いを食うことになる。1920年、79歳の時に先の見えないアジア旅行に出発、しかし政治情勢に阻まれ中国と日本への入国はかなわなかった。日本が独裁政治に傾き戦争へと突き進んでいった1929年、クレマンソーは息を引き取る。訪日の夢を叶えるには1945年を待たなければならなかったのに……
ジョルジュ・クレマンソーの激動のキャリアにおいて、日本は数少ない不動点であり続けた。しかし彼が単なる耽美主義者として日本を語ったことは一度もなかったという。「虎」と呼ばれるこの人物の一生を芸術と切り離すことはできない。彼は個々の作品の中に何らかの教えや哲学、意味を見出そうとしていた。芸術とは「自分の殻から飛び出す」手助けをしてくれるものだ、と彼は言った。フランスや日本で郊外列車に乗ってみれば、こうした考え方がかつてなく緊急性を帯びていたことに思い当たる。

『Clémenceau, le Tigre et l'Asie(クレマンソー―虎とアジア)』、2014年6月16日まで、於ギメ美術館(パリ)。関連著作:『Clémenceau ou la tentation du Japon(クレマンソーあるいは日本の誘惑)』マチュー・セゲラ著、CNRS(国立科学研究センター)出版

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