日本酒:はかない情熱

Saké

世界的な人気にもかかわらず、業界は依然として輸出に消極的だ。

ストーリー

岩瀬酒造の物語は、アルコール類製造業界の世界的グループ企 業のマーケティング部門を羨望のあまり青ざめさせる。この酒蔵 は御宿町の至宝だ。1609年、スペインのガレオン船が座礁した 土地として歴史書に記される漁港町で、現社長岩瀬能和氏の先 祖が1723年岩瀬酒造を創始した。岩瀬氏の父親は、真珠や貝を 捕りに半裸で素潜りする美しい海女をとらえた写真集の著者と して知られる。

しかし岩瀬酒造の価値は、その日本酒の味にある。影響力のあ る評論家ROBERT PARKER(ロバート・パーカー)氏が発行する 雑誌WINE ADVOCATE(『ワイン・アドヴォケイト』)が、商品の一 つ、岩の井に2016年日本酒ランキングで100点満点の95点のス コアを付けたのだ。このスコアは、例えば2015年物のCHÂTEAU BEYCHEVELLE SAINT-JULIEN( シャトーベイシュヴェル サン・ ジュリアン)と同じレベルに相当する(1本85ドル)。雑誌には、岩 の井は「米愛好家の心を熱くする」と書かれている。しかし岩瀬酒 造は、4年後の今なお外国市場から切り離されているようだ。「 生 産量の15%を輸出していますよ!」と岩瀬能和氏は誇らしげに言う が、輸出というのは千葉県の外に、という意味だった。70歳を超 え、彼は今後継者を見つけるのに苦労している。

 

低迷

1973年に消費のピークを迎えて以来、日本酒の消費低迷に歯止 めが効かない。しかし量が減れば品質は向上する。「業界は今健 全です。ある意味、再生期にあると言っていいでしょう」と大阪在 住オーストラリア人認定 酒師JULIAN HOUSEMAN(ジュリアン・ ハウスマン)氏は言う。例えば、日本の大都市の最先端スポットに 点在するポップアップ・ストアなどで、日本人は自国の飲み物を再 発見する。よりカラフルなラベル、または単純に読みやすいラベ ルで日本酒のイメージを若返らせようとしている若い起業家もい る。例えば山形の酒蔵WAKAZEの創業者稲川琢磨氏は、 9月、パリ 近郊に 醸造所をオープンする予定だ。外国人も動き出している。 RICHARD GEOFFROY(リシャール・ジェフロワ)氏のイニシアチブ が最も有望だろう。この伝説的な醸造最高責任者は、1921年に 始まるMOËT ET CHANDON(モエ・エ・シャンドン)の名高いワイ ン、DOM PÉRIGNON(ドン・ペリニヨン)を唯一無二のブランドに 変えた。日本は彼にとって常に重要だった。彼は、甘味、塩味、酸 味、苦味とは別の、日本人によって発見された5番目の味覚、うま みの概念をシャンパン業界に導入した。シャンパンを冷たく保つ ために、日本の木製シャンパンクーラー、KONOHA(このは)をド ン・ペリニヨンに認めさせたのも彼である。シャンパン業界の真 のレジェンドは、新しい挑戦をするために今年初めに引退した。 非常に質の高い日本酒作りという挑戦だ。彼は立山に引っ越し、 建築家隈研吾氏に酒蔵建設を依頼した。「腕時計ならROLEX(ロ レックス)、シャンパンならドンペリ、万年筆ならMONT BLANC (モンブラン)、そして眼鏡ならRAY-BAN(レイバン)。しかし日本 酒には、決まったブランドはないのです」。某日本酒生産者はこう 見ている。

多くのスポンサーでオリンピックは押しつぶされそうなくらいだ が、日本選手が勝利を祝うための酒を提供する日本酒業界のス ポンサーはいない。業界の世界標準作りに成功できる人物がい るとすれば、それはリシャール・ジェフロワ氏だ。 CY

 

 

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